皇なな先生
すめらぎ なな
待機なし

プロフィール詳細


プロフィール詳細
「どうすればいいか分からない……」
「誰にも相談できなくて、苦しい……」
今、そんな風に一人で暗闇の中を歩いていませんか?
恋をすると、気持ちが迷子になってしまうことがありますよね。
私はあなたの隣で一緒にこれからの道を探していく。
そんな「心の伴走者」でありたいと思っています。
タロットやルノルマンなどのカードたちは、
あなたが心の奥底に隠してしまった「本当の願い」を映し出す鏡です。
鑑定の中で、あなたが「あ、あのことだ」とハッとされる瞬間。
それは、迷いが希望へと変わる大切な合図。
特別な力で一方的に導くのではなく、
カードが示す今のあなたに必要な言葉を、
一つひとつ丁寧に、誠実にお伝えします。
「話したら、なんだか心が軽くなった」
「明日、少しだけ前を向いて彼に接することができそう」
鑑定が終わる頃、あなたがそんな明るいお顔になれるように、
あなたの一番の味方として、いつでもここでお待ちしております。
皇なな(すめらぎ なな)先生は、
深い包容力でご相談者さまの深層心理に深く共鳴し、
誰にも言えない孤独な夜から救い出す道標を示してくれます。
複雑に絡み合った恋愛事情、家庭問題など、
周囲には理解されにくい悩みも一切の偏見なく丸ごと受け止め、
あなたが「どうなりたいか」という本音を
何よりも大切に扱ってくれます。
数種のカードとルーンを駆使して
未来の展開や時期を的確に予知しながら、
今すぐ実践できる思考法や具体的な行動アドバイスを
授けてくれるのが最大の強み。
復縁や音信不通といった切実な恋の悩みから、
転職や不登校、介護といった人生の難所まで、
まずはじっくりと耳を傾け、
張り詰めた心を優しく解きほぐしてくれます。
親しみやすく温かな雰囲気の中、鑑定を終える頃には
「自分らしく生きていいんだ」という確信と、
次の一歩を踏み出す勇気が湧いてくるはずです。
世間体にとらわれない、あなただけの幸せなシナリオを
皇なな先生と一緒に描き、最高の未来へと歩き出してみませんか。
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
今日、8月6日は広島に原子爆弾が投下された日です。そして8月9日は長崎にも投下され、8月15日は終戦記念日です。
私は現在40代後半で、私が子どもの頃にまだギリギリ祖母から戦争の話を聞く機会がありました。
祖母のお兄さんが戦地に行って負傷し、片腕を失って帰って来た話など、よく祖母から聞いていました。
農作業中に上空にB29という戦闘機が現れ、祖母は慌ててまだ幼い父を連れて身を隠した。という話などを聞いた覚えがあります。
平成や令和に生まれた子どもは、自分の親族から戦争体験を聞く機会はなかなかないだろうと思います。
私はその話しを聞いた時はまだ小学生くらいだったのですが、どこか遠い昔のお話しで、自分とは関係ない話だと思っていましたし、今でもまだピンときません。でも世界では今この瞬間も戦争は起きているし、世界情勢が変われば日本も戦争に参加せざるを得ない状況になるかもしれません。
軍事力はあくまでも国防のため、とされていますが、今後もその姿勢が変わらない保証はありません。
ただ、日本は世界で唯一の戦争被曝国です。
ひとたび世界戦争ともなれば、再び原子爆弾が使用されるような状況になってもおかしくありません。
そのような状況になっても、原子力を兵器としては使わない。
戦争には参加しない。
という姿勢を、唯一の被曝国である日本が持ち続けることに、世界へ向けた平和へのメッセージがある。と私は考えていますし、そうであってほしい。と心から望みます。
また、多くの国では信仰の対象はひとつで、その信仰の違いから大きな争いが起きたりしていますが、日本は世界でもあまり類をみない、唯一神を信仰しない国です。
昔からやおよろずの神々を信仰したり、山自体が御神体だったり、巨石に神が宿る。巨木に神が宿る。など、自然や日常生活の中のありとあらゆるものに神が宿るとする文化が脈々と受け継がれています。
その思想から信仰の違いによる大きな争いは幸いにも日本では起きていません。
太古の昔にはあったかもしれませんが(それこそ日本神話の時代には)、しかしそのつど日本では他から入ってきた新たな信仰を吸収、習合してきました。
違いを否定するのではなく、肯定して共に生きる道を選んできた長い歴史があります。
その精神は脈々と次の世代へと受け継がれています。
まさに、『和をもって尊しとなす』です。
日本は様々な発展途上国へ技術援助を行い、インフラを整える手助けをしたり、災害派遣をするなど、世界平和に向けた活動を行ってきています。
その精神性を世界に示すことで、争わずに共に生きる道を示していくことが、戦争により尊い命を捧げて国を守った先人の方々に対する平和に向けた意思表示だと私は思っています。
ひとりひとりの人間が信じるものが違うのは当たり前のことで、信じているものが違うからといってその人の全てを否定する理由にはならないと思います。
人は理解できないものに対して恐怖や不安を感じ、排除しようとします。
理解しようと努力することを放棄してはいけないし、理解されないことで自分の全てを否定された。と卑屈になる必要もない。と私は思っています。
そして盲信しすぎず、まずはじめは全てを疑ってみる。ことも大事だと思います。
また、正しい、正しくない。ということにこだわりすぎないことも大事だと思います。が、これがなかなか難しいんですよね。
なぜって、はっきりとコレが正しい!と分かっている方が楽だからです。
疑問に思わずにただその判断に従っている方が楽なんです。
そしてものごとの正しい、正しくない。の判断を他人に委ねたなら、後にその判断の責任をとる必要もないので、罪悪感も感じにくくなります。
しかし一度その判断に従ったのなら、その責任もまた持たなくてはならない。と私は思っています。
日本で昔から信仰されてきた神々は、元は人間だった方々が多くおられます。
神様だって人間として生きていた時は、私達と同じようにたくさん悩まれて、たくさん間違いを起こしてきたに違いない。と私は思うんです。
だから、神様がそうおっしゃるんだから間違いない!絶対に正しいんだ!とは単純には言えない。と私は考えていて、一番大事なのは自分はどう思うか。だと思うんですね。
ということは最終的には、自分を信じること。が何よりも大切なんだ、と私は思います。
投稿日:2026/08/06
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
皆さんはギバーとテイカーという言葉をご存知ですか。
ギバー(Giver:与える人)
⚪︎見返りを求めず、他人に時間や知識、労力を惜しみなく与える人。
⚪︎ 自分の利益よりも相手の利益やチームの貢献を優先します。
⚪︎ ただし、何でも自己犠牲で与えてしまい、利用されて疲れ果てる「自己犠牲型」と、自分の利益も守りつつ周囲に還元して成功する「他者思考型」に分かれます。
テイカー(Taker:奪う人)
⚪︎ 自分の利益を最優先にし、他人から多くを奪おうとする人。
⚪︎ 「自分がいかに得をするか」を考えて行動します。
⚪︎ 他人の手柄を横取りしたり、自分に都合のいい時だけ利用したりする傾向があります。
上記以外に、マッチャー(Matcher:バランスを取る人)もいます。
⚪︎ 「してもらったら返す」「されたらやり返す」という、損得や公平さのバランスを重視する人。
⚪︎ 世の中で最も多い割合を占めるタイプです。
とされています。
私の経験上、テイカーの人は一見するとカリスマ性があり、華やかな人が多いように思います。
注目を集めて人に協力してもらうように誘導することに長けています。
一方でギバーの人は自己肯定感が低く、自分の能力を認めて必要としてくれる人を求めている傾向が高いように感じます。
ギバーの人は人に奉仕することを使命のように感じていて、必要とされると自分の損得を顧みずに奉仕します。
テイカーの人はギバーの人を上手く操り、自分のために奉仕させ、必要がなくなる、あるいは自分より注目を集めるようになると途端に態度が変わり、排除しようとします。
テイカーの人は一見明るくて気さくな人が多く、いつも楽しいことを探しています。
しかし自分で自分の機嫌をとることをしない人が多く、気分屋でコロコロと表情が変わります。
ギバーの人は人が気分を害していないかを必要以上に気にします。
そして何か不機嫌にしていたり、表情が暗い人がいたら、慰めたり励ましたりしようとします。
このテイカーとギバーの人はいつまでたっても対等な人間関係を築くことは難しいと思います。
というか、テイカーの人は基本的に自分が何より大事で、自分のために全ての人は存在している。と思っている人なので、基本自分が一番です。
ギバーの人はテイカーの人と一緒にいると、どんどんエネルギーを吸い取られ、精神的または経済的に疲弊していきます。
必ずしもこの限りとは言えませんが、このような傾向があります。
ギバーの人が正しくてテイカーの人が間違っている。とも一概には言えず、全てはバランスですから、この両者はお互いに影響しあっているんです。
ギバーもテイカーも偏りすぎるとそれぞれに虚無感や空虚感を感じ、行き詰まりを感じると思います。
ギバーの人は、与えても尽くしても報われることがない関係性に疲弊し、テイカーから離れていきます。
テイカーの人は、全てを自分の思い通りにしても満足できず、飽くなき不足感に苛立ちます。
ギバーの人の方が自分で自分はギバーだと気づきやすいように思います。
テイカーの人は全く自覚がない人が多いように感じます。
また、ギバーの人はテイカーの人との関わりによって、本当は私の方が能力がある。私はひとりでもやっていけるけど、この人はひとりでは何も出来ない人なんだ。ということを知ります。そしてこの人のサポート役を辞めて自分ひとりでやってみよう。という決意に目覚めます。
ギバーはテイカーの存在があればこそ、自分の能力を自認することができ、自己肯定感を自分で高めることができるように思います。その意味ではテイカーとの出会いは必然なのかもしれません。
テイカーの人は場の雰囲気を盛り上げることや、皆んなに指示を出すことが上手ですし、人の能力を見極めてバランスよく配置することにも長けていますから、テイカーのカリスマ性と人柄に魅力を感じた人は、この人からなかなか離れられないんですね。
しかし実態はギバーやその他の人の協力やお膳立てがあってこその力で、テイカーがそのことをどれだけ自覚しているかや、ギバーに対して感謝の意を示し、報酬に値するものをきちんと与えているかによって、その後の関係性は変わってきます。
ギバーの人は思考が素直な人が多いので、最初は優しくされたり、自分のことを必要としてくれるテイカーの人の姿に、この人の力になってあげたい。と思い協力するのですが、だんだんとテイカーのギバーに対する扱いが雑になってきたり、ギバーが自分以上の能力を発揮し出すと批判したりして邪魔しようとします。
そうなってくるとギバーは、自分の力を意識して制限したり、言いたいことも言えなくなっていき、最後にはテイカーから離れていく。というわけです。
これは、ギバーとテイカーではものごとの目的や指標が違うから起きることで、ギバーはコミュニティ全体の利益やみんなのためにより良くしたい。ということを前提にしています。が、テイカーは建前はギバーと同じことを言うけど、その実自分の利益や短期的な注目、目先の利益しか考えられないからです。
本当はこのギバーの人が活躍できる世の中だと、世界はもっと良くなると思うのですが、ギバーの人はあまり前に出たがらない人が多いように感じます。
なぜなら今まで何度もテイカーによって足を引っ張られたり、邪魔され裏切られた経験があるから、前に出ると潰される。という思いから表舞台に立ちたがらないんだと思います。
あなたはどちらのタイプだと自分で思いますか?
もしギバーの人で上記のような経験があり、自分の能力を意識的に制限してしまっている方がいたら、思いっきり羽根を伸ばしてめいっぱいに羽ばたける場所を探してください。
自分で自分を狭い檻に閉じ込めないでください。
あなたのチカラを存分に発揮して世の中のため、人々のため、何より自分自身のために生きてほしいと思います。
そして、テイカーかもしれない。と思った方は、ひとりで出来ることには限界があり、いつでも誰かに助けられているからこそ、今の自分があることを知ってください。
周囲の人たちはあなたの人生のために存在しているのではなく、みんなそれぞれにかけがえのない個人として存在していて、たった一度の人生を懸命に生きていることを知ってください。
そして周囲の全てに感謝してほしいのと、ギバーの人の邪魔をしないようにしてほしいと切に望みます。
とは言え、たぶんテイカーの人は自分がテイカーだとは夢にも思っていないでしょうが。
ギバーの人にもうひとつ言いたいのは、たとえテイカーに利用されたり、騙されたとしても、利用される自分が悪いんだ。と自分を責めないでほしいのです。
そして人を信じることを諦めないでほしいんです。
必ずあなたがあなたらしく、自分のチカラを惜しみなく発揮して輝ける場所がありますから、その場所を探すことをやめないでください。
もし、関わっている人がテイカーかもしれない。と思うけど、本当にそうなのかわからない。この人とこのまま関わっていくとどうなるの?
と不安なら、ぜひ一度タロットカードに尋ねに来てください。
投稿日:2026/08/04
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
2026年7月28日に起きた熊本地震で被災された方々に心からお悔みとお見舞いを申し上げます。
10年前にも大きな地震に見舞われ、ようやく日常に戻ってきた方々も多かったと思いますが、そんなおりに再び今回の地震がおき、言うに言われぬ心境でおられることとお察しします。
一日でも早く心安らかな日常生活を送ることが出来ますように、お祈りしています。
熊本に限らず、日本は地震大国ですから、いつどこで被災してもおかしくありません。
こうした自然災害が起きるたびに思うのは、日頃から周囲の人たちとコミュニケーションをとり、困った時にはお互いに助け合える関係性を作っておくことが重要だと私は思います。
そしてインフラがストップしてしまうことも考えられますから、極限の状況でも生きられるサバイバル能力が必要になってくると思います。
飲み水を確保したり火を起こしたり、食べられる植物の知識を持っていることで、自分で自分の命を守ることができると思います。
そしてどんな状況でも体と頭を休めることができる図太さも必要だと思います。
日本は生活水準が非常に高いので、水道をひねれば水が出ることが当たり前ですし、暑さ寒さを様々な電化品で凌ぐことも可能ですが、もしそういったものがなかったら、という状態でどれだけ自分で工夫して生きられるか、ということを考える時間をもつことも大事だと思いますし、自然の中で水をどうやって得るかや火をどうやって起こすかなどの知識を持っていることも大事だと思います。
チャッピーに聞こうにも電気のない状況ではそれも出来ませんから、便利な電化品に頼りきりの日常生活を見直す必要もあるかと思います。
そして日本のみに限らず、世界でも自然災害が頻発して起きています。
地球規模の自然災害が頻発する中で、これからますます資源の減少による格差社会や国家間での資源の奪い合いによる紛争などが懸念されます。
ガソリンなどの燃料はますます価格が高騰し、燃料を確保できる者が文化的な生活を享受するような格差社会の中で、持てるものと持たざるものとの間での生活水準の差が今よりさらに広がってくると思います。
そうした時、ものの豊かさに重きをおくか、心の豊かさに重きをおくか、ということで二局に分かれると思います。
心を豊かに保つために必要なものは何なのか。
それをひとりひとりの人が改めて考えさせられる時が来ると思います。
というかもうすでに今、そのことを問われている。と私は感じていますし、この地球規模の自然災害が起きていることの原因は、人間が地球の資源を貪っていることへの警鐘のような気がしてなりません。
これからは、より小さなコミュニティの中での助け合いや、寄り添い補い合って生きていくことにより資源に頼りすぎない生活を送れると思いますし、大量生産大量消費を見直し、地産地消や循環型の生活をしていく必要があると思います。
日本もキューバのような生活になってもおかしくない、と私は思いますし、むしろその方が地球には優しい生き方かもしれない。とも思います。
お金をいくら持っていても、価値がない時代がもうすぐそこまで来ているのかもしれません。
豪邸を持つより肥沃な農地と水が沸く山を持つ方が、より豊かに生きることが出来る時代が来る可能性は、無くはないと私は考えています。
投稿日:2026/07/30
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
皆さんはペットを飼ったことはありますか?
私は一度もないんですが、昔から動物は好きで、今でも飼えるなら飼いたいなぁ。とは思うのですが、命を預かるわけですから飼える条件が整わない場合は飼うべきではない。と考えています。
これは私が小学生の時のお話しなのですが、昔は小学校ってなぜか犬が入って来ませんでした?
昔は今と違って犬を室内で飼っている人はあまりいなかったし、放し飼いで飼っているんだか、単に餌だけあげているんだか分からないようなことがけっこうありましたから、犬が自由に外を歩いていることはよくありました。
私がいた小学校にもある時犬がどこからともなくやって来て、休み時間や登下校時には子ども達について来て子ども達と一緒に遊んだりしていました。
私もその犬と仲良くなって、その犬はよく私の家までついて来たりしていました。
しかし私の家はペットは飼わない、と親が決めていたので、どんなに仲良くなっても私はその犬を家の中まで連れて帰ることは出来ません。
だからいつも下校時に犬がついて来ても自宅の前で、『じゃあね。バイバイ。』と言って別れていました。
そんなある日の夜のことです。姉が母に、『家の外に干しっぱなしになっている洗濯物をとってきて。』と言われて玄関を開けた時です。
『ギャーッ⁉️』
という悲鳴を姉が上げました。
何事か?と母と私が玄関先に見に行くと、開けられた玄関からあの犬の姿が見えたんです。
姉は昔犬に追いかけられたことから犬を毛嫌いしていましたから、戸を開けた途端に前に居た犬に対して腰を抜かし、『早く遠ざけてーッ!』と大騒ぎしていました。
その声に驚いた犬も玄関から少し離れたところまで逃げていました。
『どこの犬?野良犬かな、汚い犬やな。シッシッ!あっち行け!』
と母が犬を追い払っている間も私は一歩も動けませんでした。
『汚くないよ。私の友だちだよ。私に会いに来てくれたんだよ。』
とは言えませんでした。
そして逃げてしまった犬に対して、『私だよ。こっちにおいで。』
とは言えませんでした。
言えばきっと母から怒られる。
『あんな汚い犬を触るな!家に連れて帰ってくるな!』と怒られる。
そう思った私は固まってしまい、何も出来ずにいました。
犬は何もしようとしない私の姿に、ショックを受けているように見えました。
私も駆け寄ってあげられない自分に対して、憤りを覚えていました。
翌日、いつものように登校し、いつものように下校しました。その下校途中にあの犬を見かけて駆け寄ると、犬は私に対して知らん顔をしました。
近づいて撫でてあげましたが、無反応でした。
きっと裏切られたと思ったんでしょうね。
飼えもしないのに必要以上に情をかけて、期待させてしまった自分の身勝手さをひどく後悔したことを、今でもよく覚えています。
小学校の時の私は友だちもいなくて、家庭内は機能不全でギスギスしていたので、心のよりどころが欲しかったんでしょうね。
だから自分がして欲しいことをあの犬に対してしたんです。
いつも側にいて何も言わなくても寄り添ってくれる。そんな存在が欲しかったんでしょう。
でも相手は動物で人間じゃない。
動物は人間のように言葉を話さないから、全身でコミュニケーションをとってくる。
あの頃の私にはその方が分かりやすかったし、言葉を使って自分の気持ちを話すことは苦手でした。
人間って自分の気持ちを伝えるための言葉がちゃんとあるのに、気持ちとは違うことを言ったり、伝えたいことを言わなかったりと面倒な生き物ですよね。
でも言葉がある以上は人間同士は言葉で会話しないと自分の想いは伝わらない。
人と関わることから逃げていてはダメだよ。動物はあなたの寂しさをうめるために存在しているわけではないんだよ。
きちんと自分の人生を生きなさい。
そう言われたような気がして、私はその件以来、必要以上に動物に対して情をかけることはしなくなりました。
それが正解だったとも思えませんが、今でも心に強く残っている苦い思い出のひとつです。
今思えば、私の家庭が簡単にペットを飼うような家だったなら、きっと私はこんなふうには考えなかったでしょう。
動物にもきちんと感情があって、傷付いたり悲しんだりする。
そのことにも気付かずにいたかもしれません。
だからやっぱりあれは必要な経験だったんだと思います。
今はペットが人の生活にとってより身近な存在になっています。
そして様々な事情から飼い続けることが困難になって捨てられるペットも増えています。
ペットには人間の事情は分かりません。
そして自分の意思で飼われる環境を選べません。
そのことを忘れずにいてほしいと思いますし、忘れてはいけないと私自身も心にとどめていたい。そう思います。
投稿日:2026/07/26
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
いよいよ夏本番ですが、皆さんはこの夏はどのように過ごされますか?
夏フェスやキャンプ、夏祭りに海水浴、プールにテーマパークなどなど、夏の楽しいイベントがたくさんありますよね。
私は夏は苦手で、出来るだけ室内の涼しいところに居たいので、今のところ特にイベント参加の予定はないのですが、小学生、中学生の頃は夏休みでも毎日のようにどこかしらに出かける予定が入っていました。
夏期講習や塾、プールや部活など、子ども達って毎日予定がびっしり入っていて、子どもさんも親御さんも大変ですよね。
私の子どもの頃は夏休みには毎朝ラジオ体操に行って、その後は毎日キックベースの練習や学校のプールに行くことが決まっていました。
キックベースもプールも私は大嫌いで、毎日行くのが嫌で仕方なかった思い出があります。
なぜ好きでもないことを暑い中でやらないとダメなのか。意味が分からない。と当時も今も思います。
子どもには選択権がなくて、決まっているんだからやるのが当たり前。という感じでしたが、よく考えてみたらそれって変じゃない?と思います。
読書が好きな子は読書すればいいし、絵を描くのが好きな子は描けばいいし、ゲームが好きならそれでいいし、子どもは外へ出て体を動かしなさい!という謎の暗黙のルールが当時はありましたが、今考えたらそんなのおかしいでしょ?と思います。
大人が決めた押し付けの子ども像を無理矢理やらせて何の意味があるのかな?と思います。
子どもって親の期待に応えたい、と少なからず思っていて、親は親でその気持ちを多少利用して自分の理想どおりの子どもになるように誘導していることがあるように思います。
両者の思いが一致していればそれが一番なんですが、自分自身の経験上はなかなか難しいと思います。
子どもは親からの期待がプレッシャーになっているけど、そう言えない雰囲気を感じて自分の気持ちを閉じ込めてしまう。
親は子供の顔色を伺いつつ、『がんばれるよね?出来るよね?』と誘導しようとする。
出来ることを前提とした、『〜だよね?〜出来るよね?』という問いかけは、子どもからしたら、『〜しなさい。』と聞こえる。
そんな経験を皆さんも子どもの頃にしたことがあるんじゃないでしょうか。
いざ自分が親になった時どうでしょう。自分の子どもに同じように言ってませんか?
そう言った時のお子さんの表情はどうでしょうか、引きつったり、くもったりしてませんか?
あれ?この言い方でよかったかな?
と少しでも思ったなら、その気持ちを気のせいにせずに、もう一度じっくり考えてみてください。
子どもが急に不登校になった。
急に問題行動が出るようになった。
急に、じゃないんです。
子どもさんはもっと前からずっとサインを出していたはずです。
でもそのサインを無視し続けた。
気づかないフリをした。
子どもは親に嫌われたくないんです。
いつも親の期待に応えたいんです。
親に笑顔でいてほしいんです。
子どもは親が思う以上に親の顔色をよく見ています。
どう受け応えすれば正解か、を常に意識しています。
『ウチの子はよく言うことを聞くイイコ。』
本当にそうですか?
それって演技じゃないですか?
自分のエゴを子どもに押し付けていないか、考えてみたことはありますか?
私からの夏休みの宿題をひとつ提案します。
この夏、一度じっくりとお子さんと向き合ってみてください。何をどう考えているのか、お互いの気持ちを話す機会をもってみてください。
投稿日:2026/07/25
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皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
毎日暑い日が続いていますが皆さんは体調はいかがでしょうか?
こう暑いと何もやる気が起きませんよね🥵
私は普段は農作業のお手伝いをしているのですが、農作業はほぼ外の作業なので毎日の暑さが体にこたえます。
最近はみかん🍊の摘果作業やサカキやビシャコを直売所に出荷する作業をしています。
サカキ(榊)は神社や神棚にお供えする葉付きの枝ですが、ビシャコは仏さまにお供えする葉付きの枝です。(地域によっては両方)
空調服を着て作業するのですが、それでもやっぱり暑いです。
ただただ枝を切ってきてそのまま売るのではなく、形を整えたり虫食い葉を取り除いたりしてからヒモや輪ゴムで括ります。
特にサカキは形をキレイに整えて括るのが難しくて、私は最近この作業をはじめてやったのですが、難しさに苦労しました😖
サカキを出荷されている地域の方に教わったのですが、その先生は流れるような動作でサッサ〜と括るのですが、私も見よう見まねでやってみるものの、時間がかかる上に形もイマイチな仕上がりにしかなりません。
自然に生えている不揃いのものを形良く整えるのはなかなか難しいです。
でもやっぱり神様や仏様にお供えするものですから、出来るだけキレイに仕上げたい!😖
と、日々がんばっています。
野菜にしろ果物にしろ、作ってくれる方がいるからこそ私たちは口に出来るんだなあ。ということが、自分が農作業に携わってみて改めてしみじみと感じます。
お金を出せば買えるんだけど、その裏側にはお金には換えられない、関わった人たちの様々な手間や苦労があるんだなあ。ということを忘れずにいたいと思いました。
そして占いにも同じことが言えるな、と思いました。
沢山の占い師の先生方の中から私を選んで来ていただいた方とは、やっぱり何かしらの縁で関わらせていただいているんだと思います。
占いの中で、相談者様に伝えている言葉に自分で言っていてハッとさせられることが多々あります。
まるで自分自身に向けて言っているように感じる瞬間があり、きっと私にもこの方と共通の人生の中での気づきが必要なことがあるんだろうな。と感じています。
『この人の相談から自分自身のものの考え方、捉え方をもう一度考えなさい。』と言われているようで、毎回考えさせられています。
私たちは毎日毎日の暮らしの中で、自分では意識出来ないくらいの沢山の人と関わりをもっています。
それこそ地球上の全ての人々と関わり合っている。と言っても過言ではないんじゃないか、と私は思っています。
それらは全て必然であって、偶然ということはひとつもない。のだとしたらどうでしょう。
神経回路のひとつひとつが体を動かしているように、全てのことや全ての人々がいるからこそ自分が存在出来ていて、この地球が存在出来ている。
そう考えたとき、自分はひとりじゃないんだな。と感じます。
この地球がひとつの生命体なんですよね。
みんながそれぞれに作用し合ってこの地球を動かしているんですよ。
と、サカキの話からスケールが大きくなってしまいましたが、私たちが日常生活の中で無意識に選択している全てのことは、実は必然的に自分で選んでいる。
食べるものから会う人、行く場所など、その全てがあなたという人を形成するために必然的に必要なことなんだと私は感じています。
だからこそ日常生活を意識して過ごすことが大切だと思うんです。
こうあるべき。こうすべき。という思い込みや社会の常識に基準をおくのではなく、私はこれが好き。これは嫌。これがいい。
と自分を基準に全てを選択していけば、その日常生活の積み重ねが本当のあなたを形成する。んじゃないだろうか、と私は考えています。
毎日の暮らしの中で感じた小さな違和感を『気のせいか』で済まさず、モヤッと感じたなら、なぜなのか?ということを一度じっくり考えてみてください。
考えてはみたけど自分では違和感の原因が分からない。という方は一度カードリーディングで聞いてみることをオススメします。
投稿日:2026/07/25
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
毎日暑いですね。皆さんは体調は大丈夫でしょうか?
私は熱帯夜で睡眠不足なのか、日中がすごく眠くて集中出来ず困っています。
夜だけではなく、日中でも眠れるなら涼しい所で10分か15分くらいの短い仮眠でもいいのでなるべく寝た方がいいですね。
さて話しは変わって。
これは私が中学生くらいの時のお話しなのですが、朝起きた時に眠い目をこすりながら部屋の隅を見ると、なにやら半透明の白い長いものが落ちていました。
私は視力が悪く、裸眼だと周りのものはボヤ〜っとしか見えません。
ものすごく顔を近づけたら見えるのですが、普段はコンタクトレンズや眼鏡をかけて生活しています。で、寝ている時は当然外しているので、寝起きはまだ裸眼なんですね。その状態でその部屋の隅の白い長いものを見た時に、
『誰〜?私の部屋でストッキング脱いだまま放ってるのは?もー。』
と思ったんです。
母が仕事で白いストッキングを履くので、てっきり母が脱ぎ捨ててるんだろう。と思い、私は寝起きでそのストッキングを拾って持って行こうとしました。
近づいてあと少しで手で持とうとした時です。
顔を近づけてよーく見てみたんです。
『⁉️』
そこにあったのは白いストッキングではなく、蛇の抜け殻だったんです。
しかも長いしデカイ!
えー😱‼️ってことは待って、部屋に居るの?!
知らずにのんきに寝ていた私は顔から血の気がサーッと引きました。
その後その蛇はどうなったのか?
何日か経った頃に朝、学校へ行こうと玄関に行くと電話機の上でトグロを巻いている黄色のデカイ蛇が❗️
ぎゃー😱この蛇があの抜け殻の主なの?
とパニックになりつつ、遅刻しそうな私はその前をそーっと通り過ぎ、家族に向かって、『蛇が電話機の上に居るよーッ!』
と叫んで出て行きました。
という何ともコワイお話しでした。
蛇のお話しでもうひとつ。
私の祖母は昔からよく、
『蛇は神様の遣いだから殺したらいけない。』
と言っていました。同じ蛇でもマムシは殺してもいい。と言っていたのですが、なんで?と子ども心に謎でした。
似たような迷信は他にもたくさんあると思います。
朝見る蜘蛛は縁起が良くて、夜見る蜘蛛は縁起が悪い。とか、
カラスが目の前を横切ると縁起が悪い。など、皆さんも様々なものを聞いたことがあると思います。
生き物はなるべくなら殺したくはないものですが、身を守る為には仕方がない時もあります。
単なる迷信だよ。と感じる時もあれば、不思議になんだかムシ出来ない時もあります。
私が思うに、良いことだけを信じていればいいように感じます。
なんでも良い方に受け取れば、良いことの連鎖のチカラが強まるように感じます。
だからコワイ話も、自分でそれにチャンネルを合わせていると、なんでもないことまで全てがコワイことに繋がるように思えてしまうんだと思います。
私はコワイTV番組やコワイ系のYouTubeなどは極力見ないようにしています。
(心霊系です)
でも、ゾンビ系や恐竜系、宇宙人系などのものはよく見ます。
何が違うの?どっちもコワイやん。
と思いますが、実体があるかないか、の違いですね。
ゾンビや恐竜の映画やドラマを観た後に、自分の生活の中で、『もしかしたらあの角を曲がったらゾンビが出て来るかもしれない』なんてあまり本気では思わないですよね。
けど、心霊系のものを見たり聞いたりした後は、夜お風呂に入って頭を洗ってる間に後ろに霊がいるかもしれない。とか、真っ暗な部屋にもしかしたらいるかもしれない。などと考えてしまい、普段ならなんともないようなことまで全て心霊に関連付けて不安になってしまったりします。
それが嫌なので私は心霊系のものは極力見ないようにしているんですね。
そこにチャンネルを合わせにいってしまうと本当にそういったものを呼んでしまうことがある。と思っているからです。
なので夏になって肝試しに廃墟や廃校などや心霊スポットに行こう。というお話しが出てきたら、なるべく行かない方がいいです。
ヒヤッとした感じを味わいたい。というなら、ゾンビ映画や恐竜映画、宇宙人映画を観てヒヤッと感を味わってください。
実体のないものの方が恐ろしいんですよ。
物理的な攻撃が出来ないんですから。
『そんなものは存在しない!』と固く信じている人は霊に対しては大丈夫だと思います。
思ったことが現実に影響するのがこの世の中の仕組みですから、目に見えないものは存在していない!と思っているなら、実際にその人にとっての現実には存在しないことになるんですよ。
さて、いかがでしたか、本当にあった(少しだけ)コワイ話。
蛇が全く怖くない人にとっては、何も怖くない話ですが😅
蛇も生き物ですからね、無闇に怖がって◯したり、痛めつけたりはあまりしないであげてくださいね。
投稿日:2026/07/17
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
皆さんは自分のことを幸せだと思いますか?
どういう状態になったら自分は幸せになれると思いますか。
ちょっと思い浮かべてみてください。
例えば、仕事で良い成績をおさめて出世する。
お金持ちの人と結婚して子どもにも恵まれて豪邸に住む。
高級車を何台も持って年に何度もハワイにバカンスに行く。
自分の好きなことを仕事にして人気者になる。
などなど、様々かと思います。
では、それを実現するために今現在何か行動をしていますか?
神社で願掛けしています。や、会う人みんなに夢を語っています。
もちろんそれもいいかと思いますが、なりたい自分になるための行動としては少し他人任せです。
お金持ちと結婚したい。
じゃあそのために自分は何をすればいいか?
まずは、お金持ちと結婚したらどうして自分は幸せになる。と思うのか、その動機を明らかにすることが大事だと思います。
お金持ちとそうじゃない人とでは何が違うと考えているのか。
お金があると無いとでは幸せになるためにどういう違いがあるのか。
そのあたりを自分がどう考えているか、ということを客観的に自分で理解することが大事です。
私の知り合いのお話しですが、その人はある男性と結婚後、半年ほどで離婚したんですが、なぜ?と聞くと、
『付き合っている時はめちゃ気前が良くて、遊びに行くと友達皆んなの分のお金を払っていたし、結婚式も両家の親戚皆んなを招待して、友達も招待してハワイで挙式した。
けど、結婚後2人で暮らし始めると、私の歯磨き粉が出し過ぎだ。とか、生活費をギリギリしか渡してくれないのに、自分は毎日のように友達と飲み歩き、友達の分も奢る。けど私にはお金をかけてくれない。家で遊んでるだけだから金なんか要らないだろう。って言う。だから嫌になった。』
という理由でした。
じゃあ自分に対してもめちゃお金をかけてくれる旦那さんだったら離婚してないってことなんだ。
それって、旦那さんのこと本当に好きだったのか?
と、失礼ながら思ってしまいました。
自分で自由にお金を使いたいなら、働けばいいのでは?
『就学前の小さい子どもがいたから無理。』
と言ってましたが、本当の理由は違うと思いました。
働けない、んじゃなくて、働きたくない。
が本当の気持ちなんじゃないの?
働かなくても暮らしていける生活。
が理想だったなら、その結婚生活は条件は満たしています。
生活費さえ渡しておけば、家のことや子どものことを全部してくれる。
という旦那さんの理想と一応条件は一致しています。
じゃあなぜ破綻したのか。
いろいろな解釈があるとは思いますが、私は、自分の幸せを他人に委ねたから。
だと思いました。
聞けば、旦那さんは若くして実業家で、仕事を一人でやっていました。
仕事上の付き合いで毎日のように飲み歩きをしていた。
自分の事業が成功している。という宣伝効果も含めて、ハワイで挙式してそれを周囲に知らせる。
ところが実のところ、経営は難しく、生活は節約した方がいい。
という考えがあったのかもしれません。
上記を読んで皆さんはどう思いましたか?
大切なのは、なりたい自分になるためには自分から行動する。ことがまず第一。
そして、本当の自分の望みは何か。ということをじっくりと考える。ということかと思います。
その、本当の自分の望み。って、実は自分では分かっているようで、分かってないことが多いんですよね。
社会的に見た成功している自分。
家族や周囲の人から見た幸せそうな自分。
などなど様々なフィルターがかかっていて、自分の本当の気持ちが分からなくなってしまっている人が多いように思います。
今の自分が幸せかどうかのひとつの尺度として、
今を心から楽しめているか。
というのがあるかと思います。
ということは、自分は何に対して楽しい、うれしい、と感じるのか。
シンプルに考えた時、それが自分にとっての幸せなんじゃないだろうか、と私は思います。
本当の望みって実はすごくシンプルなものなんですよね。
『こうなれば幸せになるはずだったのに、なぜか幸せだと思えない。
私の幸せっていったい何なの?』
と思っている方、ぜひ一度タロットカードに聞いてみてください。
自分でも気付いていなかった本当の気持ちが分かるかもしれませんよ。
投稿日:2026/07/11
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
皆さんはご自分のご家族とは良好な関係性を保てていますか?
家族というのは生まれて一番最初に関わるコミュニティですし、その中での経験というものが、その後の人生に大きな影響を与えます。
そして各家庭内でのことは外には見えづらく、分かりづらいものです。
実際は家族間がうまく機能していなかったとしても、それを人には知られたくない。と考えている人は多いと思います。
私も家族のことでは長い間悩まされてきました。
子どもの頃は自分の家族が機能不全だとは気付かず、これが普通なんだと思っていました。
30代後半になった頃、仕事でも私生活でも行き詰まりを感じ、自己嫌悪になり毎日がつらくて仕方なかった時、仕事終わりに真っ直ぐ自宅に帰るのが嫌で、毎日のように遠くまでドライブしては用もないのにデパートや本屋などをウロウロと徘徊していました。
そんな時、フラッと立ち寄った本屋で買うつもりもなく何となく棚を見ていて目に留まったタイトルに心臓がドキッとするくらいのショックを受けました。
それが、『毒になる親』というタイトルの本でした。
手に持つことも躊躇われるくらい衝撃的でしたが、勇気を出して手を取り、雑誌の下に隠すようにして買いました。
読んで目からウロコが落ちました。
私が生きづらいと感じている原因が家族や親にあったことが分かり、最初は、『私がダメなわけじゃなかったんだ。』とホッとしました。が、そのすぐ後には言いようのない孤独感に襲われました。
まるでこの世にたったひとりになってしまったかのように感じました。
家族や親との関係性で生きづらい思いをしている方はたくさんいると思います。
なぜ私はこの家に産まれたんだろう。
なぜ私の家族はこんななんだろう。
答えの出ない問いを何度も何度も自分にしては、その度に打ちのめされたかのような絶望感に陥る。
まるでカラーだった世界から突然モノクロになってしまったかのような絶望感。
そんな思いをしている方に私の経験からアドバイスをするなら、
『生きるのもつらい。と思わせるくらいの家族なら、いっそ捨ててもいいから生きなさい。』
あなたは家族のため、親のためにいるのではありません。
あなたがこの世に生まれてきたのは、自分自身の人生を生きるためです。
自分のことを消してまで、家族に溶け込もうとするのはやめて下さい。
受け入れられない愛は受け入れなくてもいいんです。
『あなたのために』という言葉は愛ではなく、呪いです。
毎日毎日、少しずつ自分の中の大切なものが色を失い消えていく。
あなたがあなたらしくあるための大切な最後の色を守ってください。
それができるのは、あなた自身だけです。
今の自分が自分で好きかどうか、自分に問いかけてみてください。
好きになるためにはどうすればいいか。
自分の好きなところってどこか。
それを見つけたなら大切にしてあげてください。
捨てる。まではとても出来ない。というのなら。物理的に距離をとる。離れることで、自分のペースやテリトリーを作ってください。
プライベートなことや個人情報を家族と言えど簡単に知らせないでください。
あなたが不利になるあなた自身の情報を使い、脅すような行為を家族がしてきたなら、それを受け入れず、拒否してください。
その行為は本当に愛のある行為かどうか、よく考えてください。
もうすぐ長い夏休みになります。
未成年の方は、家族と一緒にいる時間がどうしたって増えると思います。
家にいるのがツラい。親がしんどい。
兄弟とどうしても合わない。
理由を作って外へ出てください。
『図書館で勉強してくる。』
『部活がある。』
なんでもいいんです。ウソでもいいです。
少しでも楽に息ができるところを見つけてください。
そして好きなことを見つけてください。
好きなことに夢中になっている間は全てを忘れて没頭してください。
私の場合は本でした。
本の中の世界では私は自由でした。
逃避だとか逃げだとしても誰も傷つけないし、体に害があるわけでもないのなら別にいいじゃないですか。
気持ちの逃げ場所をいくつか作っておくと、ツラいことがあった時に幾分マシになります。
どうすればいいか自分では分からない。誰にも話せない。というなら、私のところへ話しに来てください。
カードたちはあなたが一番幸せになる未来をすでに知っています。
それを私と一緒に話していきましょう。
投稿日:2026/07/06
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
お子さま達はもうすぐ夏休みが近づいてきていて、何して遊ぼう!と楽しみかもしれませんが、親御さん達からしたら、日中も毎日家にいるのか〜3食ご飯考えなきゃ〜。という悩ましい問題が出てきますよね。
夏休みと言えば自由研究ですよ。
皆さんは何を研究しましたか?
私は小学生の頃に一度セミの羽化を観察、研究しましたね。
油蝉だったと思うんですが、さなぎを見つけて持ち帰ってきて、羽化する瞬間を観察するんですが、羽化したてのセミって薄い緑色でとても綺麗なんですよね。
まだ一度も見たことがない。という方はこの夏に一度ご覧になってみてください。
おそらくYouTubeにも動画はあるとは思いますが、目の前でライブで見た時に感じる感動はYouTubeだと感じにくいと思います。
油蝉は地中で3〜4年暮らし、地上に出てからは2〜3週間の短い一生を生きます。
夏になるとよく道路上に裏返しになった状態で仮死しているセミを見かけます。
死んでる?と思いつついてみると、急にジーッ!っとなって動き出すからビックリしますが、あの状態はもうすぐ寿命を迎える一歩手前の状態で、セミファイナル。なんて呼ばれています。
ここで新たに分かった事実ですが、セミはサナギにならないそうです。
上記にサナギと書きましたが、お詫びし訂正します。
え?でも抜け殻があるよね?
と思いますよね。あれはサナギではなくて、外骨格というそうです。
どう違うのよ?とナゾですが、セミやバッタ、トンボは蝶やカブトムシのようにサナギにはならず、幼虫から直接成虫になるそうです。
完全変態と不完全変態の違いだそうです。
(完全変態の方がなんか強そうですね。)
そしてなんと、セミの抜け殻は蝉退(せんたい)という薬(しょうやく)になるそうです。
子どもの時によくセミの抜け殻を集めてましたが、あれが売れていたらどのくらいの価格だったんだろうか?
蝶の羽化はよく変化変容として例えに使われますよね。
メタモルフォーゼと呼ばれて、新たに生まれ変わる美しいもの。という例えに使われますが、蝶はサナギの中で一度ドロドロに溶かされるんだそうです。
小学生の頃にアオムシを教室で飼って、蝶になるまで観察しよう。というやつがありましたが、サナギから出てきたのは蝶ではなく、黒いハチだった記憶があります。
蝶のサナギにたまごを産んで寄生するハチがいるんですよね。
生き物たちの生態にはまだまだ知らないことがあって驚きです。
ちょっと興味があったので調べてみると、中国には虫を使った占いがあるそうです。
蟲占術(こせんじゅつ、と読むのでしょうか?)というそうで、生きている虫(コオロギやイナゴ、アリなど)の行動や、歩いた軌跡、食べた葉の痕などを観察し、自然のエネルギーを借りて吉凶を占う古代のシャーマニックな手法。だそうです。
台湾では鳥を使った占いが有名で、神鳥(センニャオ)」と呼ばれる訓練された小鳥(文鳥など)が、神様の使いとしてカードを引き、運勢や悩みの解決策を占う伝統があるそうです。
世界にはさまざまな占いがあって、昔から人々は身近に生息している生き物や植物を使った占いを日常的にやっていたんですね。
占いの歴史も調べてみたらかなり古くて奥が深いんでしょうね。
最後に、セミの羽化を観察される際はなるべく自然な状態で観察し、むやみにさわったり、羽化を妨げることはやめてあげてください。
セミにとっては命がけの羽化なので、静かに見守ってあげましょう。
また、セミの羽化は夜に行われますから、観察される際はまわりの茂みにマムシなどがいないかどうかも気をつけて、子どもさんたちの様子は保護者の方が危険がないように見守ってあげてください。
投稿日:2026/07/06
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
突然ですが、匂いって普段気にしてますか?
私はどちらかと言うと匂いに敏感な方です。
雨の降り出す時の匂いを感じたり、昔行ったことがある場所を匂いで思い出したりと、匂いは私にとって重要な感覚です。
少し不思議体験のお話しになりますが、神社にお参りした時に感じた匂いもいくつかあります。
ある神社でのことです。拝殿でニ礼二拍手して最後に一礼をした時、ヒノキの匂いが香ってきたことがありました。
その後、顔を上げて、この匂いは何?と辺りを見ていると、1匹のアゲハ蝶がヒラヒラと飛んできて、私のまわりをぐるっと回って飛んでいきました。
また最近では、仕事で訪れた山の中にある梅畑で、その中にあった祠にお参りした後です。
梅を拾う仕事をしていると、どこからともなくジャスミンのようないい匂いが香ってきました。梅は沢山なっているので、梅の匂いはしますが、梅の匂いじゃないな?と不思議に思い顔を上げて見ると、祠の真後ろ辺りに居ました。
お寺の参拝の時は匂いは分かりません。お堂の前で線香を炊いていることが多いですから、その匂いが強くて他の匂いは感じません。
匂いで記憶が呼び起こされる。ということもあります。
小学校の音楽室の匂い、高校の時に電車通学していた電車内の匂い、通っていた塾の教室の匂い、亡くなったおばあちゃんの匂い、などなど。
皆さんにもそれぞれに記憶に結びつく匂いがあると思います。
十数年ぶりに嗅いだ途端に昔の記憶が鮮やかに甦ってきた。
という経験はありませんか?
逆に、嗅いだことがあるけど何の匂いだったか思い出せない。ということもあります。
匂いというのは脳に直結しています。
脳の記憶分野には経験したこと、見たことなどの全てが記憶されています。
しかし、普段の生活上必要が無いものは思い出されません。
しかし何かの刺激が加わるとその記憶が引き出されるのだと思います。
匂いというものに普段から気を配っていると、どんどんと匂いに対して敏感になっていきます。
最近は柔軟剤やお部屋のフレグランス、香水など、人工的な香りが世の中には溢れていますが、その匂いに慣れてしまうとどんどんと強い匂いの刺激を求めてしまうようになってしまいます。
かすかに香る匂い。それを感じ取れる感覚を大切にしていると、匂いの感覚に連動してその他の身体の感覚が活性化されていくように思います。
本来は人間も動物ですから、犬や猫のように匂いに関する感覚がきちんと備わっているはずなんです。
皆さんも一度、昔嗅いだことがある匂いを感じに、しばらく訪れていないところへ出かけてみてはどうでしょうか。
懐かしいっ!この匂い〜!
という感覚を味わってみてください。
もしかしたら、忘れていた大切な記憶が呼び覚まされるかもしれませんよ。
投稿日:2026/07/06
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
皆さんには好きな言葉ってありますか。
いつもこの言葉を心の中で唱えている。
座右の銘のような言葉です。
私にはあります。自分で生み出した言葉ではなく、『この言葉いいなぁ。』と思い、よし、この言葉を私の座右の銘にしよう。と思っている言葉です。
それは、『あおいくま』という言葉です。
ご存知の方もいらっしゃるかと思います。
『あおいくま?』なにそれ?とお思いの方に説明しましょう。
あせるな。(焦るな)
おこるな。(怒るな)
いばるな。(威張るな)
くさるな。(腐るな)
まけるな。(負けるな)
の頭文字をとって、『あおいくま』なんです。
この言葉を知ったのはテレビ番組からだったと記憶しています。
モノマネタレントのコロッケさんのお母さまのお言葉だったと記憶してます。
この最後の『負けるな』は、他人にではなく、自分に負けるな。という意味です。
いい言葉だなぁ。としみじみと思います。
この言葉を心にとどめながら生きよう。と思って自分の座右の銘にしよう。と思いましたが、日常ではついつい忘れてしまい、焦ったり怒ったり腐ったりを繰り返しています。
好きな言葉を心にとどめながら生きる。のはとてもいいと思うんですが、その言葉にこだわりすぎて、それに縛られることは少し違うと思うんですね。
というのも、人間ですから、焦りや怒りや優越感、劣等感、さぼりたい気持ちや見て見ぬふりをすることがあって当たり前だと思うんです。
そんな自分に対して、『私ってなんてダメなヤツなんだ。』と必要以上に自分を責めることもないと思うんです。
理想はあくまでも理想で、現実はもっとシビアですから、なりたい自分と現実の自分がかけ離れていても、そんなに落ち込む必要はないと私は思います。
『夏までに3キロ痩せる!』と宣言したのに、そのすぐ後でアイスを食べちゃう。
そんな自分でもいいじゃないですか、可愛らしいじゃないですか。(私自身のことではありませんよ😄)
ダメな自分もまるっと全て愛せて、許せたなら、人に対しても同じように出来ると思うんです。
他人は自分の鏡。とはよく言われますが、自分に対してゆるせない部分があると、他人のその部分が気になって仕方なくなるんですよね。
例えば私の場合、昔私はわがままを言ってはいけない。という教育を受けて育ちました。だから小さな時、欲しい物を欲しいと言えず、我慢していました。そして泣いたり笑ったりしてはいけない。と言われていたので、出来るだけ無表情でいました。
人に迷惑をかけてはいけない。挨拶は自分からしなければいけない。物を貰ったら必ず御礼を言う。などなど、様々な『〜すべき。〜してはいけない。』という教育を受けたので、大人になってから自分がダメだと言われていたことをやっている人を見ると、無性に腹が立ちました。
『なぜあれが許されているの?理解出来ない。』という感情が湧いてきて、四六時中その人のことが頭から離れず、その人を悪く言ったりしていました。
今ならなぜなのか分かります。
自分もそうしたかったけど、出来なかったのに、あの人はしている。うらやましい。妬ましい。私もしたい!
そんな抑圧された感情が、自分ではなく他人に対して向けられた結果、歪んだ感情がそうさせたんですね。
だからダメな自分を許して愛せたなら、嫌な人は目の前から居なくなるんです。
嫌な人ではなくなるんですね。
全ては自分発信で、自分が発した感情は自分に返ってくる。
対人関係のほとんどは自分の考え方ひとつで良くもなれば、悪くもなる。
痩せる!と決めてアイスを我慢しているのに、目の前でアイスを美味しそうに食べている人を見てムカついたなら、自分もアイス食べちゃえばいいんですよ。
(重ねて言いますが私のことではありません。)
少し話しが脱線しましたが、要は言葉に縛られる必要はない。ということです。
ただ言葉にはチカラがあります。
現実を動かすチカラですから、そのチカラを上手く使って、自分にプラスになるようにすればいいんですね。
人に対して放った言葉にもチカラがありますから、言葉を大切に扱うことが大切です。
日本には韻を踏む。という文化があって、様々な言葉が該当します。
ネット上でも、『死』や『殺』という文字を言わない、使わないようにしている場合がありますが、文字そのものや音にチカラがあるからです。
言葉を丁寧に使うようにすれば、現実が少しずつ変わるかもしれませんよ。
私も占いの際に、人に対して伝える。ということが仕事ですから、言葉には気を使います。
略した言葉などが流行ってはいますが、時と場合によっては略さない方がいい時もあります。
皆さまも一度、自分が普段使っている言葉について、あらためて考えてみる機会を作ってみてください。
投稿日:2026/07/05
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
もうすぐ夏本番ですね。
夏と言えば皆さんは何が思い浮かびますか?
夏のレジャーや夏休み、スイカ🍉やかき氷🍧といった夏の食べ物など。
私はお盆や花火が思い浮かびますね。
皆さんも夏のお休みの日などに夏ならではのレジャーなどに出かける機会も増えてくるかと思います。
そんな時に注意したいのが、熱中症と水辺の事故です。
年々夏の厳しさが増してきていますが、40度を超えるような日も出てくるかもしれません。
そんな暑い日は水辺でヒンヤリ涼みたいですよね。
私も夏の水辺は好きですが、お盆の期間中はなるべく水辺には近づかないようにしています。
昔から言われていますが、夏のお盆時期には水辺、海や川、湖などには近づかない方がいい。という風習です。
なぜかと言えば、お盆時期にはあの世からご先祖さまが里帰りして来ます。きちんと供養された方はちゃんと自分の家やご家族の元に戻るようですが、そうでない方。供養されず、または供養されたがこの世に未練があり成仏出来ずに彷徨っている方などは、普段は水辺によく居るんだそうです。
なぜかと言うと、ノドが渇くから。
お仏壇でもお墓詣りでもそうですが、お水をお供えすると思います。お茶や故人が好きだった飲み物の場合もあるでしょうが、なぜかと言うと故人はノドが渇くからなんですね。
お仏壇やお墓では、特定の方へ向けてご家族が、お水どうぞ。という思いでお供えしているから故人は水を飲むことができるんだと思います。(実際には飲めません。実体がないですから。イメージのお話しです。)
だけど成仏出来ずに彷徨っている方は、自分に向けてお水をお供えしてくれることがない。あったとしても気がついていない。ので、水を飲むことが出来ず、常にノドが渇いたような状態でウロウロと徘徊し、水辺にたどり着くわけです。
水辺に居ても水は飲めません。実体がないですし、お水どうぞ。と差し出されてもいないのでノドの渇きはなくなりません。
でもなんとかして水が欲しくて水辺をウロウロしているんでしょう。
で、なぜお盆に水辺に近づくとあぶないのか。ですが、お盆の期間はあの世とこの世の境い目が薄くなる。というか故人は行き来がしやすくなる。んだと思います。家族が迎え入れる準備をして待ってくれているのですから。
で、道のようなものが開いている感じをイメージしてください。ここを通ってあの世とこの世を行き来するんですが、実体のある生きている人間はこの道は通れないんですね。
魂のみの状態だと通れるんですが、人間のこの体は魂の入れ物なんですね。
普通は入れ物である体に魂がきちんとくっついていますが、何かの拍子にこのくっつきがゆるんだり、はがれたりしてしまい、その時期とお盆の期間が重なってしまうと、あの世への道につながりやすくなってしまう。
未成仏霊が生きた人間を引っ張ってあの世に引きずり込んでしまう。などと時々言われていますが、ちょっと違うように思います。
だって未成仏な方はあの世に行けないから、未成仏なんですから、他人を引っ張って行けるくらいなら、とっくに自分が先に行ってるでしょう。
霊が水辺で足を引っ張る。なども時々言われていますが、時々じゃなくて常に引っ張っているんですよ、たぶん。
自分がここにいると気づいてほしくて、何とかしてほしくて、常にアピールしているんですよ。それとお盆に水辺で引っ張られる。が一緒くたになってしまっているけど、本当は違くて、水辺じゃなくてもこの期間は夏のレジャーシーズンで人が沢山いるからそう言われているんだと思います。
じゃあなんで水辺限定なん?というと、夏のレジャーシーズンで人がわんさかいるから、未成仏な方からすれば、気づいてもらえるチャンス!とばかりに水辺に集まってくるんだと思います。
だから正確に言えば、水辺限定じゃなくて人が集まる場所。ってことですね。
でも霊はノドが渇いているんで、比較的に水辺が多いんでしょうね。
お盆時期に水辺に近づくと、未成仏霊に足を引っ張られる。や、未成仏霊に取り憑かれる。ということはあるかもしれないです。
ので、私はお盆時期には水辺にはなるべく近づかないようにしています。
霊は見えませんが、敏感体質なので何となく嫌な気分になったり、体調が悪くなったりしますから、そうならないように曰くありげなところには近づかないようにしています。
水を飲みたがっているなら、あげればいいんじゃない。などという親切心から、誰だかわからない未成仏な方へ向けて、お水どうぞ。とはしない方がいいです。水を飲んだから成仏出来るわけではないですし、ノドの渇きがそれで潤うわけでもないですから。(実体がないのに、実体があるつもりで漂っている存在ですから。)
親切心から関わってしまうと、この人なら何とかしてくれる!と、憑いてきてしまうかもしれないのでやめた方がいいです。
もし、水辺に行った後に気分が悪くなったり、何となく嫌な感じがしたら、神社やお寺(お不動さまが祀ってあるところの方がいいでしょう。)でお祓いを受けてください。
そして、未成仏な方はその方の都合で成仏されていないので、普通はきちんと成仏出来るはずです。なので変に同情する必要はないと私は思います。
気がすんだらいずれは成仏されます。
ちょっと話しはズレるのですが、これは私の過去の体験談ですが、参考までに。
ある時、私は地方の観光地のホテルに泊まったんですが、チェックインの時にホテル側から、今日たまたま広いお部屋がキャンセルで空いたんですが、良かったらそちらはどうですか?広いですがお値段は変わりませんよ。と、なぜかやけに薦めてくるので、深く考えずに、いいですよ。と広いお部屋に泊まることにしました。
すると夜中、寝入っていると激しいラップ音に目を覚ましました。
その部屋はベッドヘッドにラジオ放送を聴くことができる機械がセットされていたのですが、夜中に急にその電源がオンになり、枕元でザーザーと砂嵐のような音が鳴り出しました。そしてさらに部屋にあったマッサージチェアーも急に電源がオンになり、ウィンウィン音を立てて動き出したんです。
極めつけは部屋に備え付けのバスルームからシャワー音が聞こえてくる始末。
絶対なんか居るやん。と思うも、疲れていた私は正直どうでもよくなって、布団を頭からかぶって寝たんですね。
で、翌朝朝食を摂るためにエレベーターに乗ると昨日は気付きませんでしたが、エレベーター内の隅に盛り塩がありました。
居るんじゃん!と確信に変わりましたが、一泊するだけで、朝ごはん食べたら出て行くし、まぁいいか。と思っていました。
朝ごはんを食べてホテルをチェックアウトし、さあ次の目的地へ行こうか。と歩いてしばらくして、鞄に付けていたキーホルダーが無くなっていることに気づきました。
私自身が自分で作ったハンドメイドのキーホルダーで気に入っていたのでショック😨来た道を探しに戻ろうかな、とも一瞬考えましたが、すでに1キロくらいは歩いていたので面倒になってあきらめました。
今思うと、あの時たぶん私は部屋にいたヤツを憑けて出てきてたんですよ。(私は霊感がないので見えません。)
それがキーホルダーを落とした時にきっと外れたんだと思います。
キーホルダーが私の身代わりになって、憑いてきたヤツを剥がしてくれたんだ。と思っています。
だから常に身に着けていたモノがいつの間にか無くなっていた。ということがあったなら、もしかしたらそれはあなたの身代わりになってくれたのかもしれないですよ。
また、嫌な感じがするところを去る時には、そこにいる人じゃないヤツを憑けて帰らないために、自分の身代わりに身につけていたモノをひとつ置いてくるのもいいかもしれないです。
投稿日:2026/07/04
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
皆さんは、自分がこの世に生まれてきた意味って何なんだろう?と考えたことはありますか。
『私は何をするために生まれてきたんだろう?』
『私の使命って何なんだろう?』
と、今の自分には何かが足りない、このままの生き方で本当にいいの?
と考えて悩んでいる方ってけっこういると思うんです。
あるいは、今の自分に不満は無いけど、なんとなく満たされない気がする。何か他にやるべきことがあるんじゃないのか?
など、現状の自分ではない、もっと充実した生き方がある気がする。
そう思いながらも、じゃあそれはいったい何なのか?と言われたら、分からない。
そんなふうに思ったことありませんか?
これは私の過去の話ですが、私には高校生時代から社会人になっても親しくしていたある友人がいました。
二人とも社会人になり、それぞれ別の会社に勤めていたのですが、友人は20代後半でその職場を退職したんですね。
その職場というのは、知的障害のある方の就労を支援する作業所のようなところで、友人の親戚の方が経営していました。
『なぜ辞めたの?』と聞くと友人は、『うーん、知的障害のある人に関わるのが正直言ってしんどくなってきた。』ということでした。
その後しばらくして友人は結婚して専業主婦になり、生活は順調そうでした。
一方私はというと、人生に行き詰まりを感じながらも深く考えずにただただ毎日仕事に追われては終わる日々を過ごしていました。
そんな頃友人に第一子が誕生し、友人はとても幸せそうでした。
私も時々友人宅に遊びに行く度に友人の子どもに接していたのですが、その子が2歳、3歳頃になってもまだ言葉が出ない。他の子が出来ることが出来ない。など、少しずつですが他の子どもに比べて発達に遅れがあるように感じられるようになっていました。
しかし私はあまりそのことには触れませんでした。自分には子どもはいないし、詳しいことは分からないから何も言えないし、と思っていたそんな時友人から、『私の子ども、重度の知的障害があるんだ。』と聞かされました。
ちょうど同じ頃、私は自分自身が人生のどん底で、何とかしたい。何とかしなきゃ。という思いから藁にもすがる思いで神社仏閣をよく訪れていました。
その話しを友人にしていた時です。友人が、
『私、神さま信じてないんだ。だってあんなに、普通の元気な子が生まれますように。ってお願いしたのに、叶えてくれなかったから。』
と言われ、返す言葉がありませんでした。
けど私はその時に気づいたんです。
彼女はこのために生まれて来たんだ。
友人はきっと、障害のある人に深く関わることを人生のテーマとして自分に課して生まれてきたんだ。
なんとなくその時にそう思ったんです。
一度目は仕事として関わりを持ったけど、自分から関わりを絶ってしまった。
だからもう一度関わるために、その子は友人を母親に選んで生まれてきたんじゃないだろうか。
友人が自分の一生をかけて、これをしようと決めたことを果たさせるために、その子は友人のもとに来てくれたんだ。
なぜか私はその時にそう感じたんです。
そして友人は神さまを信じてない。と言ったけど、自分で自分自身に重い使命を課して生まれてきた友人に対して、神さまが力を貸さないなんて事は絶対にない。と思いました。
自分自身が決めてきたことには神さまは干渉できないんです。
その人の魂の成長を邪魔することは決してされないんです。
だからきっと、『がんばれよ!』というエールを送って下さっているはずです。
でも、神さまを信じられなくなった友人の気持ちも分からなくはないです。
私が友人の立場だったら、きっと同じように思うでしょう。
友人は障害者支援施設で、幸せそうには思えない利用者の方々をたくさん見てきたのでしょう。私にもそんな話しを時々していました。
だからそういうふうに産まれたら、きっと同じような人生になるんだ。と思っているのでしょう。
でも普通の元気な子だったら必ず幸せな人生になるんでしょうか?
逆に少しでも障害があったら必ず不幸せになるんでしょうか?
そんなことないはずです。
何をもって幸せだというんでしょうか?
それは本人にしかわからないはずです。
私は友人の子どもに接していて、彼が不幸せそうだなんて感じたことは一度もありません。
いつもチカラいっぱい生きていて、一生懸命笑い、一生懸命泣いて、一生懸命食べている。
それって幸せなんじゃないでしょうか?
私にはそう感じられたんです。
友人が我が子の将来を考えて不安に思う気持ちは分かります。
でも、どんな子を産んでも親は我が子の将来を憂うでしょう。
問題は子どもの方ではなく、友人のものの見かたと感じ方なんだと思うんです。
『第三者だからそんなことが言えるんだ。』
そうかもしれません。
ここで私が言いたいことは、何を自分の人生のテーマとして生まれてきたのか。ということです。
それが分かったなら、人生は生きやすくなります。
私自身が自分に課してきた人生のテーマ。
それは、『自分らしく、最期まで生き切る。』だと私は思っています。
難しく考えなくてもいいんです。
はっきり分からなくてもいいし、何となくそんな気がする。でもいいんです。
大事なのは、そう信じることです。
もちろん途中で投げ出したっていいんです。また最初から探せばいいんですから、そして探さなくてもいいんです。
無けりゃ無いでも全然いいんです。
自分が一番ハッピーになれる生き方。
究極、それがこの世に生きる全ての人の人生のテーマなんですよね。
投稿日:2026/06/28
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
もうすぐ七夕ですが、皆さんは七夕の由来をご存知でしょうか。
実は私もはっきりとは知りませんでした。
調べてみたところ、元は中国から由来し、日本でアレンジされたようです。
毎年7月7日の夜に、願いごとを書いた色とりどりの短冊や飾りを笹の葉に吊るし、星にお祈りをする習慣が七夕にはありますが、なぜこのようなことが行われるようになったのでしょう。
日本には元々、古い禊(みそぎ)の行事として棚機(たなばた)という織り機で乙女が着物を織り、それを神様に供えて秋の豊作を祈ったり、人々の穢れを祓うということを棚機(たなばた)といっていました。
やがて仏教が伝わると、この行事はお盆を迎える準備として7月7日の夜に行われるようになりました。現在七夕という二文字で「たなばた」と当て字で読んでいるのはこのためです。
中国では乞巧奠(きっこうでん)として古くから知られ、中国神話に登場する牛郎と織女の逢瀬を祝う中国の祭りがあり、天の川を挟んで暮らす働き者の織姫と彦星が結婚したところ、遊んでばかりで仕事を怠けるようになり、怒った神様によって二人は離れ離れにされましたが、真面目に働くことを条件に、年に一度(7月7日)だけ天の川を渡って会うことが許されたというお話で、中国ではバレンタインデーのような恋人たちの大切な行事にもなっているようです。
また、七夕の日の晴れた夜に現れる天の川銀河を織姫はカササギが作った橋を渡って彦星に逢いに行くらしく、雨が降ると二人の逢瀬は来年まで先送りになってしまう。という何とも切ないお話しなのですが、7月7日は日本はちょうど梅雨時期なので、なかなか天の川銀河は現れてくれません。
また、カササギってどんな鳥?と思い調べてみると、日本では九州北部や一部北海道などで見られるようで、本州には生息していないようです。
見た目は白黒カラス。のような鳥で、カチガラスとも呼ばれてとても縁起の良い鳥だそうです。
じゃあなぜ短冊を笹の葉に飾るのか?というと、元々中国では乞巧奠(きっこうでん)の日に織姫にあやかって裁縫の上達を祈願することからはじまり、芸事や習字の上達を祈願するようになったようです。それが日本に伝わると、平安時代には宮中行事として人々は桃や梨、なす、うり、大豆、干し鯛、アワビなどを供えて星をながめ、香をたいて、楽を奏で、詩歌を楽しみました。サトイモの葉にたまった夜つゆを『天の川のしずく』と考え、それで墨を溶かし梶の葉に和歌を書いて願い事をしました。梶は古くから神聖な木とされ、祭具として多くの場面で使われてきました。
それが江戸時代になると梶の葉から庶民に広まり易い色短冊になり、人々は野菜や果物を供えて習い事の上達を祈願し、色短冊に願い事を書いて笹の葉に吊るし、星に祈るお祭りになっていった。というわけです。
また中国では色短冊ではなく5色の糸や吹き流しを吊るすそうです。
さて、いかがでしたか。七夕の豆知識でした。
上記はWikipediaや京都の地主神社(じしゅじんじゃ)さまのホームページから引用しています。
地主神社さんは京都でも有名な縁結びの神社さんです。
切ない恋に物思いに耽りがちな方はこの機会に訪れてみてはどうでしょう。
もちろん、恋の行方をタロットに聞いてみることもオススメです。
投稿日:2026/06/27
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
さて、今回は私が体験した不思議なお話しをしようと思います。
皆さんはデジャヴを体験したことはありますか?
デジャヴって何?というと、実際には一度も体験したことがないはずの出来事や景色に対して、「以前にも全く同じ場所に来た・体験したことがある」と強く感じてしまう現象を言います。
私は何度か体験したことがありますが、例を挙げるなら、友人の産んだ赤ちゃんを見に行った時のことです。
赤ちゃんを初めて見た瞬間に、『会ったことがある』と思ったんです。
赤ちゃんがお腹にいる期間にもその友人には会っていたのですが、その期間はそんな感じは全くなかったんです。
何故かは分かりませんが、赤ちゃんを見た瞬間、『会ったことがある』という強い既視感を覚えました。そしてまだ目もハッキリ見えていないだろう赤ちゃんも、私のことをジッと見ていました。
その赤ちゃんは今はもう高校生になっていますが、そんな話しは一度もしたことが無いので、本人の記憶には無いのでしょう。
友人にもその話しはしたことがありません。ただ、その子が私に性格が似ている部分がある。という話しは何度か聞いたことがあり、不思議だなぁ。と思ったことがあります。
私は勝手に、きっとこの子は私と同じ星から来たんだろうな。と思っています。
スピリチュアル界隈ではよく、ベカ星人やアルクトゥルス星人、オリオンやシリウスなどといった地球以外の星から地球へ転生してきた魂がある。という説が出てきます。
私にはその確信はないのですが、何となくそんな気がする。と思っています。
どの星かなんてことは分かりません。が、何かしらの使命、地球でやりたいことがあって来ている。という感じはしています。
また別のお話しですが、私は10年ほど前に今居るところへ引っ越して来ました。
その場所は山の中にある片田舎で、まわりには自然がいっぱいで、野生動物が沢山います。
ある時、当時私は山の上にある宿泊施設で働いていました。
朝早くに職場に出勤して来た時のことです。まだ他には誰も出勤して来ておらず、駐車場には私の車だけでした。
私は車を降りて森に面した歩道を施設まで歩いていると、ふと顔を上げると大きな雄の鹿が目の前に居たんです。
角の大きな立派な体格の雄の鹿は、私のことをジッと見ていました。
私も驚きもせず、ただジッと鹿を見ていました。
しばらく二人で見つめ合うと、鹿はふいに踵を返してピョンピョン跳ねながら去って行きました。
この、ジッと見つめられる。という体験が人間にも動物にもよくあるんです。
なぜかは分かりません。
またある時には、車を運転中に空からいきなりトンビが私の車の前に来て、行く手を塞いだことがありました。
その時もトンビは私のことをジッと見つめてきました。
当時はよくそんなことがあって、だんだんと怖いような気がしてきて、あまり考えないようにしていました。
つい先日、たまたま観ていたYouTubeで、『あれってもしかしてそういうことなのかな?』という気づきがありました。
それは、※天外伺朗さんという方の、『天外伺朗のぶっちゃけトーク』という動画を見ていた時に、天下さんが、『僕がこういった活動をし出した時に、トンビが僕の頭にとまったり、他にも似たようなことが頻発したんだよね。あまりにもよく起きるから、だんだん怖くなってきて、もうあまり気にしないようにしたんだけど、ある時にインディアンの長から、それは神からのサインだと言われたわけ。』
というようなお話しをされていて、天下さんが言うには、神さまは自然現象の中で、『あなたのその行いはイイね👍』という意味でサインを送ってくる。というものでした。
要するに、自分の今やっていることに対して、その行いで合ってますよ。そのまま進みなさい。というようなサインを、神さまと呼ばれる存在が自然現象を通して送ってくる。ということらしいのです。
それは動物を通してだったり、気候現象だったりと様々ですが、きっと特定の人だけではなく、世の中の全ての人に対して同じようにサインは送られているんだと思うんです。
ただそのサインに気づいていないことが多いんだと思います。
皆さんにもありませんか?
ふと見上げた空に虹がかかっていたり、外に出た途端に雨が止んだり、気持ちの良い風がフワッと吹いたり。
美しい花を道端で見つけたり、蝶が自分の周りをヒラヒラと飛んだり、小鳥と目が合ったり、野良猫が自分にすり寄って来たり、などなど。
思い当たることがあると思います。
その時、気持ち悪いなぁ。と思いましたか?だったらそれは違うと思います。
私の経験上、その時は不思議と嫌な気持ちにはなりません。『あれ?』という変な間が空く瞬間があります。
そんなことがもしあったなら、それはもしかすると神さまからの、『あなたのその行い、イイね👍』というサインなのかもしれないですよ。
普段から注意して気付くようにしていると、目に留まりやすくなってくると思います。
ユーミンの歌の中に、『目に映る全てのことはメッセージ』という歌詞がありますが、まさにそんな感じです。
デジャヴに関して、脳の記憶処理の誤作動。という考え方もありますが、私はそれもあるかもしれないけど、もしかしたら先に起こることをすでに知っていた。ということなのかもしれない。と思っています。
それは予知した。ということではなく、時間というものは私たちは普段、過去→現在→未来。という流れで捉えていると思いますが、実は時間というものは存在しない。という考え方もあるんです。
ただ、状態が変化していく。という現象を、我々人間が勝手に、時間。として定義しているだけで、本当は時間は存在しない。という考え方でデジャヴを見た時、既視感があるのはむしろ当たり前のことなのかもしれないです。
分かりやすく言えば、例えば自分の一生の物語が一枚の絵に描かれていた、としましょう。誕生から一生を終えるまでのことが全て一枚の絵に描かれている。として、デジャヴが起きた瞬間に、『あ、この場面か。』というのが絵の中の一場面を見た時のように分かる。という感じなのかな?と私は捉えています。
しかもこの絵は意識がある今の自分だけではなく、前世の自分や来世の自分のこと、はたまた周りの人たち、いや、世界中の人たちのこと全てが描かれている。と考えた時、そして今現在の自分の選択によって、その絵は刻々と変化していっている。と考えたならどうでしょう?
私的に、タロット占いはこの絵に描かれていることを一場面で切り取って見せてくれている。んじゃないだろうか、と思っています。
それをどう読み解くか、は読み取り手に委ねられているんだと思うんですね。
しかもこの絵は時系列で並んでいるのではなくて、ランダムになっているので、時間という概念のフィルターを通すとより読み取り難くなってしまうんじゃないだろうか、と考えています。
という、今回はデジャヴのお話しでした。
興味のある方は天外 伺朗(てんげ しろう)さんのYouTubeや著書を読んでみるのもいいかと思います。
ちょっと難しいお話しや、ぶっ飛んだスピリチュアルなお話しが出て来ますが、天外 伺朗(てんげ しろう)さんご本人はごく普通のおじいちゃん(すみません😅)な感じで、何というかいわゆるスピ系の胡散臭い感じが無いので、お話しも先入観なく入ってき易いかと思います。
※ 土井 利忠(どい としただ、1942年2月2日 - )は、兵庫県出身の技術者・経営者。「ホロトロピック・ネットワーク」代表。ペンネームは天外 伺朗(てんげ しろう)。東京工業大学卒業後ソニーに入社し、アンテナ、CAD、コンパクトディスクなどデジタル・オーディオ技術、ワークステーション「NEWS」、エンタテインメントロボット「AIBO」「QRIO」の開発を手がけたことで知られている。
(上記はWikipediaより抜粋)
投稿日:2026/06/14
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
さて、今回は夏至についてお話ししようと思います。
2026年の夏至は6月21日です。(日本では)そして夏至点は17時25分です。
夏至とは1年の中で最も昼の時間が長く、夜が最も短くなる日です。
なぜ昼が長くなるのかというと、地球の地軸が傾いているため、この日、太陽は北半球を一番高い位置(南中高度)から照らします。太陽が空にいる時間が長くなるため、結果として昼が長くなります。
日本国内でも北へ行くほど昼の時間は長くなり、北海道などでは東京よりもさらに日が長くなります。北欧などの高緯度地域では、太陽が沈まない「白夜」が起こることで知られています。
日本では農繁期ということもあり、これという大きな行事をする習慣はあまりありませんが、海外特に北欧の地域では大々的にお祝いをしたりします。
北欧の夏至(ミッドサマー)は、1年で最も昼が長く、太陽が沈まない「白夜」の季節です。厳しい冬を越えた人々が自然の恵みと短い夏の到来を喜び、家族や友人とサマーコテージで過ごしたり、伝統的な夏至祭(メイポールを立ててのダンスなど)に参加したりする、最も大切なお祝いの日です。
女性や子どもたちは、野花で作った花冠を頭に飾ります。
そして家族や仲間たちとサマーコテージでサウナに入ったり、バーベキューをしたりして過ごします。
サーモンや新じゃがいもを食べたり、ニシンを食べたりします。
そして広場に立てられたメイポールという大きな柱にリボンを繋ぎ、その周りをみんなで手を繋いで歌い、踊りながらまわるのがメインイベントです。
また北欧のある地域では24時間太陽が地平線に沈まない、白夜と呼ばれる自然現象がこの夏至の時期にピークになります。
そして世界中にある多くの遺跡などでは、夏至の日や冬至の日の太陽の光に合わせて巨石を配置するなど、はるか昔から人間は夏至の日を生活の中で大切にしてきた歴史があります。
なぜ夏至がそんなに大事なの?
それはまだカレンダーなどの暦がない時代の人々にとっては、太陽の差し込む角度によって季節が分かる。という暦を知ることが大事だったこともありますし、この夏至の時期に地球のエネルギーが陰から陽へと転換する、陽の気が最も強くなる時期。ということもあり、大事な時期だったんですね。
夏至の最強な陽パワーがある日に願いごとをすると、叶う確率が飛躍的にアップするらしいので、自分の中のもういらなくなった古いものを捨て、なりたい自分を思い浮かべて祈ることが大事だと思います。
6月21日の17時25分。
お休み中の方もお仕事中の方も、この時間だけは作業の手を休めて、願い事をお祈りしてみてください。
ゆっくり過ごせる方はこの日は無理せず、ゆったりと過ごし、出来れば瞑想して心を鎮めた上で、願い事をお祈りすると尚いいでしょう。
夏至の日までまだ少し日にちがありますから、今から『自分の本当の望みは何なんだろう?』ということをもう一度見つめてみるといいと思います。
『お金が欲しい!』『彼氏が欲しい!』『いい大学に入りたい!いい会社に入りたい!』などなど、人それぞれ様々な願いがあると思いますが、『何のために?』と問われた時、『私が幸せになるために。』と答えると思いますが、あなたの本当の幸せはその中にあるんでしょうか?と私はさらに問いたいです。
お金も彼氏もいい大学やいい会社も、手段の中のひとつであってそれ自体が叶ったからといって必ずしも幸せになるのか?と言うと絶対ではないと思うんです。
どういう状態が自分にとっては幸せなのか。そこが一番大切だと思います。
自分はどんな時に幸せを感じるのか、まずはそれを夏至までに考えて答えをまとめてみてください。
自分が笑顔になるために必要なもの。それがあなたの本当の望みですから、世間一般から見た幸せ像に惑わされないようにしてくださいね。
ちなみに願い事は紙に書くのもいいですし、画像をより具体的に思い描くのもいいと思います。
今はAIという便利なツールがありますから、実際になりたい自分像をAIで生成してもいいかもしれませんね。その時自分はどんな表情をしているのか、これけっこう大事だと思います。
願ったらあとは宇宙の神さまにお任せして、スパーっと忘れちゃうくらいの方が叶いやすいかと思います。
軽いエネルギーの方が叶いやすいと思うんです。
いつまでもいつまでも、『叶え〜叶え〜』と常に考えている状態って、重いエネルギーだと思うので、半年後や1年後にそう言えば、と思い出すくらいでいいと思います。
是非やってみてくださいね。
投稿日:2026/06/13
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
よく『神社に呼ばれる』などと言うのを聞きますが、神社に限らず土地というか地域にも同じようなことがあるように思います。
合う、合わない。とも表現できると思いますが、私も実際に何度か感じたことがあります。
合うところに行くと、なぜか不思議といいことばかり続いたり、全てのことがタイミングよく運んだりします。
逆に合わないところへ行くと、嫌なことばかりが続いたり、全てのことのタイミングが全く合わないことがあります。
理由もなく何故か嫌な気分になったり、突然イライラしたりすることもあり、ひどい時は気持ち悪くなってしまうこともあります。
合うところは、そこにいるだけで気分が良くて自然と笑顔になったり、ここにずっといたいなぁ。と、去り難くなるくらいに気持ち良くなります。
どんなところにも、波長の合う、合わない。ということがあるんだと思うんです。
それは場所だけではなく、人同士でも同じです。
波長というのは読んで字の如く、波の長さ。ということですが、この地球上にあるものは全て振動しているんですね。
人間もそうですし、空気中に漂う酸素や二酸化炭素など、目に見えないものも全て細かく振動しています。
その振動の波形が合うもの同士は惹かれ合うのだと思うんです。
それがいわゆる、呼ばれる。とか合う、合わない。ということなんだと思います。
私はこの地球上のものは全てが細かな粒子で形成されている。と思っていて、目に見えるものはその集合体だと考えています。
目に見えないものは、分子や原子レベルで存在しているんだと思うんです。
その粒子のひとつひとつが小さく振動し合っていて、お互いの振動の波形が合うと波はどんどんと大きくなって重なり合っていくんだと思います。
人の念ももしかしたら同じように波長があって、広がっていくのかもしれません。
だから喜びの振動や悲しみの振動、怒りの振動も人から人へと波長が合うもの同士が波を増幅させていっているのかもしれません。
ということは、自分がいつも機嫌よくしていると、同じようにご機嫌な人を引き寄せる。とか、人に優しくしたら、人から優しくされたりする。などということが起きるんじゃないでしょうか?
このことを、類は友を呼ぶ。などと言っているんじゃないのかな?と、ふと思ったりしました。
やっぱりこの世の中というか、地球や宇宙にはさまざまな法則があるんですよ。
それはまるでパソコンの中のプログラムのように決まった動きをしていて、私たちはその法則に知らず知らずのうちに則って動いているんじゃないでしょうか。
などと、私は時々地球や宇宙のことを考えてぼーっとしていることがあるんですが、正解は結局は何か分からないんです。分からないから面白いんですよね。
誰が考えてこんなふうに地球や宇宙を作ったんだろうか、おもしろいなぁ。
と、取り留めもない考えに耽りながら日々を過ごしています。
投稿日:2026/06/08
皆さま、こんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
私は霊感などは全くない、と自分では考えていますが、何となく感じることは出来るような気がしています。
それも十数年前くらいからで、それ以前は全く意識して考えたこともありませんでした。
というのも、十数年前に人生の大転換期を迎えていた私は何もかもが上手くいかず、本当にドン底にいました。
その時に自宅の電球が何度新しく替えてもすぐに切れたり、テレビにノイズが発生したり、自動ドアが反応しなかったり、私の会計時にレジが突然故障するなど、電子機器に不具合が発生することが頻発しました。
コレはヤバいかもしれない。と思った私は、何かが憑いているかもしれない。と考えお祓いをしてもらうために神社に行こう。と思いたちました。
どこがいいんだろう?と考えていた時に、テレビでたまたま京都の晴明神社が出ていたことから、晴明神社に行こう。と思い、お参りしてお札をいただき自宅に置いたところ、電子機器の不具合は徐々に気にならなくなりました。
それを機に神社やお寺に興味を持つようになったある日のことです。
夜寝ている時に突然金縛りのようになり、急に全身が寒くて寒くてたまらなくなりました。
歯が噛み合わないくらいにガタガタ震え出して、『あ、これはもう死ぬんだ。』と感じた時、突然頭の中に文字がデカデカと浮かんできました。
『松尾大社』という文字が浮かんできて、『?』と思っていると、今度はある画像が出てきました。
ある場所で沢山の人たちが円になって座り、みんなでワイワイと談笑しながら何か酒盛りをしているようです。
私がその場に入って行くと、その場にいた人たちが、『おー。よく来た、よく来た。』と言って私に、ここに座れ。と言ってお酒も勧めてきました。
私は『ありがとうございます。いただきます。』と言ってみんなの輪に入って何やら宴に参加している。という不思議な夢でした。
目覚めてからもその夢のことをやたらとハッキリ記憶していて、『松尾大社』って何だろう?と気になり調べてみると、実在する神社でした。
これは行ってみなきゃな。と思い、実際にお参りに行くと、お参りしたその日に神前結婚式が行われていました。
その神社ではお抹茶を振る舞っておられて、私も頂くことにしました。
するとお抹茶を立てて下さる方が、『もう一杯どうですか?』とおかわりを勧めてきて、特に急いでもいなかったので、『いただきます。』とおかわりを頂いていると、その方が『今日はまたどうしてこちらにお参りに来られたんですか?』と尋ねてきたので、夢の話しをしたところ、
『時々そういった話しを聞きます。今日はちょうど結婚式もあって、縁起の良い日ですから、きっと神さまに呼んでいただいたんですね。』とおっしゃっていました。
後に神社仏閣のことが書いてあるスピリチュアル系の本を読んで知りましたが、3回連続して同じ神社仏閣の関係することを目にしたり耳にした時は、そこに呼ばれているらしいです。
また、ご神託を夢で見た時に体が急激に凍えるようになることもあるそうで、今思うとあれはいわゆる『神がかり』のようなことだったんだろうか?と勝手に思っています。
そんなことがあってから、3回連続して同じ神社仏閣のことを目にしたり耳にした時は、なるべくその神社仏閣をお詣りするようにしています。
目にする。耳にする。というのは具体的に言うと、
『テレビをつけたらたまたまその神社のことをやっていた』とか、『電車内の吊り広告にあるのをたまたま見た』とか、『インスタに上がってきた』などと、
『知り合いと話していてたまたま話題に出てきた』や、『通りすがりの人の話しの中に出てきた』などです。
これらのことは普段から敏感に察知していないと見逃してしまいそうな些細なことですから、きっと皆さんのまわりでも普段から起きていることだと思います。
ただ、気づいていないことの方が圧倒的に多いんだと思います。
これは霊感とは違う、第六感と言われる『感じ取る』チカラが働いているんだと思います。
人間には元々備わっているけど、普段から意識してアンテナを張っていないと気づかないままで磨かれないチカラなんだと思います。
だから私は気になる神社仏閣があればお参りしたり、霊場と言われる場所に行ってみたりと、普段からせっせとアンテナを張って第六感を磨くようにしています。
受け取り過ぎるとそれはそれで感じ過ぎて神経がまいってしまうこともありますし、良からぬものをキャッチしてしまうこともありますから、注意も必要です。
また、ひとけがあまり無いような神社仏閣をお詣りされる際は女性の方は特に用心していただき、出来たら誰かと一緒に行った方がいいと思います。
山奥にあるところも多いので、お参りされる際は事前によく調べてからお参りされることをお勧めします。
受け取ったから全部に行かなきゃならない。ということでもなくて、その時にタイミングが合えば行けばいいのかな?と私は考えています。
皆さんも第六感を磨くことを意識して生活していると、ものの感じ方や考え方が変わってきて、自分にとって一番いい選択は何か。ということが分かりやすくなるかもしれませんよ。
ありがとうございました。
投稿日:2026/06/05
皆さま、こんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
今日は最近私が読んでいる本📕のことについてお話ししたいと思います。
それは、『となりの小さいおじさん』という著書で作者は瀬知 洋司さん。という方です。
この本を知ったのはYouTubeからでした。
私はスピリチュアル系や都市伝説系、古代文明や日本の神話などの動画をよくYouTubeで見ているのですが(かなり偏りがある😅)、その中にこの本を紹介している動画があがってきて知りました。
面白そうな本だな。と思い、本屋さんで探したのですが、なかなか見つけられずにいました。
何せジャンルがよく分からないので、本屋で探そうにもどのコーナーかが分からない。
精神論や宗教、スピリチュアル系のところを見てもないし、エッセイのところにもない。
今になって楽天で見てみると、ノンフィクション部門。と書いてありました。
ノンフィクション部門。として紹介しているあたりに著者の瀬知 さんの意図を感じさせられます。
内容は何よ?という方のために少しだけ説明するなら、フリーランスの編集者、ライターである著者の瀬知 洋司さんが、メンターである『小さいおじさん』から聞いた、この世の仕組みや宇宙のお話し、果ては神さまやあの世の仕組みまで、よくあるいわゆるスピリチュアル系なお話しとは一線を画す、まるで実用書のように目には見えない世界の仕組みを実体験に基づき紹介されたお話し。
とでも言っておきましょう。気になる方は是非本を手に取って読んでみてください。
『スピ系のお話しはどうも胡散臭くて。』という方へのスピリチュアル世界への入門書としてはうってつけかと思います。
一言でスピリチュアル系と言っても様々なものが溢れていますが、著者の瀬知さんはこの本をスピリチュアル系と一緒にされることには若干の抵抗があるようで、あえてノンフィクション部門。とされているんだと思います。
最初私は、巷でよく聞く緑のジャージを着た小さいおじさんが見える。みたいなお話しなのかな?と思っていたんですが、全然違いました。
著書内にある、見えない世界の仕組みについて、すでに知っているものもいくつかありましたが、若干の違いがあったり、解釈を取り違えていたものもあったりと、目から鱗が落ちる思いで読みました。
霊能者と言われるような方も自らの著書内で似たようなお話しをされていたりするのですが、人間側から見た世界と『おじさん』側から見た世界とでは解釈の仕方が違うことがあるんだ。ということが分かりました。
この本には続きがあって、続刊は『もっと!となりの小さいおじさん』ですが、そちらはまだ読めていません。
寝る前の楽しみにして、ちょっとずつ読もうと思っていますが、読み始めると面白くてついドンドン読み進めてしまいます。
YouTubeでも著者の瀬知さんがゲストとして出ているものもいくつかありますが、是非そちらも見てみてください。
『小さいおじさん』のことを、『ウチのおじさん。』と言っている瀬知さんが、『今日はおじさんも一緒に来てます。』などと話されている姿に妙になごみます。
著書を読んだ感想などを瀬知さん本人宛てにメール✉️すると、お返事が来るかもしれませんよ。全て目を通してます。と話されていましたから。(お忙しくなった今はどうか分かりませんが)
続刊を読んだらまた感想など紹介したいと思います。
ありがとうございました。
投稿日:2026/05/31
皆さま、こんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
さて、もうすぐ6月ですがもうすでに気温は夏さながらで、もう少し初夏の爽やかな感じを味わいたいところですが、年々夏の時期が長くなってきているように感じます。
私は今、近くの梅畑で落ち梅収穫期に向けての仕事をお手伝いしているのですが、初めてする作業でして、こんなに大変な作業だとは全く知らずにいました。
山の中にある梅畑で、山の斜面に沿って梅の木がズラーッと植えてあるのですが、その梅の木の下にネットを張り巡らせる作業を数日に渡って手伝いました。まだ全ては終わっていませんが、まだあるの⁈と思わせるくらいの広範囲で、数日手伝っただけでもうすでに体がボロボロです。
年々衰えていく体力に愕然とさせられますが、一緒に作業をする近所の女性たちは私よりもずっと先輩方なのですが、皆さんお元気で、シャンシャン動いておられてビックリすると同時になんで私はこんなに体力無いんだ?と情けなくなってきます。
きっと普段からさまざまな農作業をやられていて、基礎体力が私とは比べものにならないくらいあるんだろうな、と思います。
さて話しは梅のことについて変わりますが、梅はその日の難逃れ。梅は三毒を絶つ。と言われるように、梅には昔から知られるようにさまざまなパワーがあります。健康面にはもちろんですが、梅の持つスピリチュアルなパワーもあなどれません。
梅には高い抗酸化作用があり、梅の持つクエン酸には疲労回復の効果があります。さらに高い殺菌作用もあり、夏に梅を摂ることは健康維持には非常に有益です。
また梅の木には厄除けや邪気払いの効果があると言われ、家の鬼門に梅の木を植えるといいなどと言われています。
梅の花は厳しい冬の寒さを耐え、春真っ先に花を咲かせることから、忍耐を象徴する植物とされ、困難を乗り越える強さと、新たな運気を切り拓くパワーを持つ縁起の良い木とされています。
梅の木で思い出すのは有名な北野天満宮や太宰府天満宮にお祀りされている菅原道真公ですが、飛梅のお話しが有名です。
京都からいわれのない罪で太宰府へ左遷される際に道真公が自宅の梅を見て、『東風吹かば 匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ』と詠んだ和歌は有名で、道真公を慕った自宅の梅の木は一夜にして九州の太宰府まで飛んできた。とされ、太宰府天満宮の御本殿向かって右手にある御神木「飛梅」がその梅の木だとされ、大切にされています。
京都の北野天満宮もお参りしましたし、太宰府天満宮にもお参りさせていただきました。非常に厄除けのパワーが強い神社さんだと感じます。また、梅にも難を避けるパワーがもともとあるんだと思います。
人生の節目節目で困難に躓き、なんとか状況を好転させたい。とお考えの方は、一度この北野天満宮か太宰府天満宮のどちらかにお参りされてみてはどうでしょうか。
私は両方ともにお参りすることをオススメします。お願いは北野天満宮でして、お礼参りは太宰府天満宮でする。のでもいいかと思います。
これから訪れる暑い夏は梅を摂って体の中から浄化され、梅の持つパワーを上手にいただき乗り越えていきましょう!
投稿日:2026/05/29
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
悩みごとを人に相談する時、誰しも共感してほしいと思うのですが皆さんはどうでしょうか。
しかし相談者の置かれている状況や立場が特殊な場合、他人はその立場を経験したことがないので共感することはなかなか難しいです。その場合相談された側は、一般的な考え方を元にして『それは違うんじゃない?』などと言うことがあるかと思います。
要するに世間一般的な正論で考え方を変えさせようとしてくる。あるいは、『自分は経験がないから何とも言えない。』とは言えず、当たり障りのない答えを言う。という感じでしょうか。
私にも経験がありますが、正論は言われなくても相談する以前にすでに自分でもよく分かっていることですし、その上で相談しているわけです。
正論はあくまでも正論です。ただ自分でそれが納得いくかどうかなんですよね。
でもよく考えてみると、正論と言われる考え方は時代によって変わることもあったりして、絶対ではないんですよね。
『時と場合による』という注釈付きの正論がほとんどだと思うんです。
例えば、嘘をついてはいけない。とか、両親を敬わなくてはいけない。とか、正直でなくてはいけない。など、正論ですがどれも全ての場面に必ず当てはまるとは限りませんよね。
世間一般的な常識や価値観、社会で言われる正論、正義。そのどれもが一人ひとりの全てのパターンに絶対に当てはまる。はずがないんです。
だってみんな置かれている状況が違うんですから、当たり前と言えば当たり前なのですが、人は基準を決めたがるし、分類したがります。
どこかに当てはめないと不安なんです。
確かなものが欲しいんだと思うんですが、この世の中に確かなものなんて存在しないと私は思っています。
じゃあいったい何を基準にしてこの悩みに答えを出せばいいの?
それはあなたがどう思うか。
どう感じるか。
どうしたいか。
です。
人に、〜だと思うよ。〜それは間違ってるよ。〜した方がいいよ。
と言われても、あなた自身が納得できないならそれはあなたの答えではないんです。
だから占いで、『絶対にこうした方がいいよ』と言われたとしても、あなたが違うと思うなら違うんです。
その結果、自分にとって嬉しくないことが起きたとしてもその時の自分はそうすることが正しいと思ったんだから、それでいいんです。
まず自分の感じたことを一番大事にしてほしいんです。
そして何より自分を信じてあげてほしいんです。
悩んで悩んで出した答えなら、例え間違いだとしてもそれでもいいじゃないですか。
間違いじゃなくすればいいんですよ。
要は、最終的にあなた自身がハッピーになればそれでいいんです。
人生の中で全部が全部正しい答えなんて出せないですし、そんな人生つまらないと思うんです。
失敗した〜ッ!間違えたーッ!あの時こうしてたら〜ッ!
ということがあるからこその人生なんじゃないでしょうか。
私は何かに悩んだとき、あまり人には相談しません。悩んで悩んで自分で決めたことを実行します。(もちろん失敗だったり、間違っていることも多々あります)だからよく周りからは、『なんで一言相談してくれなかったのよ!そんな大事なことひとりで決めて!』と咎められたりします。
だけど、自分にとって大事なことは自分でよく考えて決めたい。んです。
人から、『こうした方が絶対いいよ。』と言われて、自分では『うーん。』と納得できないまま人の意見に乗ったとして、その結果失敗した時って、『やっぱり自分の考えでやればよかった。』と後悔するじゃないですか、そしてアドバイスをした人に対してモヤッとした思いが残りますよね。
それが嫌なんです。
だったらもう相談せずに自分で決めてやればいいんだ。
という結論に私はなりました。
だから人からは、頑固だねー。とか、人の言うこと聞かないよねー。とよく言われます。
『ええ、そう。だって私は私のこと信じてるから。
だったら聞くけど、あなたの言うことを聞いたとして、あなたは私の人生に責任持ってくれるんですか?』
と返せば、責任なんて持てないよ。と返ってくるはずです。
そうなんですよね。他人はあなたの人生に責任なんて持てないんです。
だから自分のことは自分で決めた方がいいんです。
占いはあくまでも占いです。
参考にする程度で留めておいてください。
何よりも、自分はどうしたいか、どうなりたいか、それが一番大事です。
だから私は占いで出た結果よりも、
『あなたはどうしたいですか?』
ということを大切にして鑑定にのぞみたいと思っています。
投稿日:2026/05/23
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
突然ですが、なぜ自分はここにいるんだろう。と考えたことはありますか?
私は小学生くらいの時にふと考えたことがあります。
自分って何なんだろう。なぜここにいるんだろう。何のためにいるんだろう。
そして、もし自分じゃない自分だったら。という妄想をいつもしている、そんな変わった小学生でした。
というのも現実逃避のためにそうしていたのかもしれませんが。
今は逆に、今の自分がこうなっているのは何故だろう。このことが起きたのはなぜだろう。など、現在に起きていることは、なぜ自分に起きたのか、ということが気になって考えたりします。
生きていると時には、どうして私にこんなことが起きるのか。ということがあったりします。
理由も分からずにただただ悩み、苦しむことしか出来ない。
果たして本当にそうでしょうか。
理由もなく起きていることなのでしょうか。
私の個人理論ですが、ものごとには必ず理由がある。と私は考えています。
ただその理由はそのことが起きた時には分からないことが多いです。
因果応報。という言葉がありますが、カルマとも言います。どちらも仏教用語からきています。
自分のしたことが自分に返ってくる。という意味で使われることが多いですが、これは必ずしも現世のみとは限りません。
私には人の前世や先祖を遡って見たりという特殊な能力は全くありません。しかし前世や転生、輪廻はある。と考えていますし、前世での行いが現世に影響する。ということが起きる。とも考えています。
そして人は、まるで神経回路のように全ての人とネットワークで繋がっている。とも考えています。しかもその繋がりは前世や来世、先祖や子孫にもある。と考えています。
その考えをもとに、今の自分に起きていることの理由や原因は何なのか、と考えた時、自分が認識していること以外の原因や引き金になったことが、もしかしたら前世や先祖にあるのかもしれない。と考えた時、まるで大きな大きなパズルのピースをはめていくような感覚を覚えます。
私たち人間が意識して認識できることは、このパズルのピースのひとつのように、断片的でそれだけでは何を意味するのかが分からないことがほとんどなのかも知れません。
しかし、潜在意識は全てのことに繋がっていて、パズルの全体像を知っているんです。ですからその潜在意識にアクセスすることが出来たなら、今自分に起きていることの原因や理由も分かるはずだと私は考えています。
タロット占いはこの潜在意識にアクセスする手段のひとつだと私は思います。
アクセス方法は他にもたくさんあるとは思います。例えばチャネリングだったり霊視だったりと様々ですが、私は中でもタロットカードやオラクルカードと相性が良いようです。
時にカードたちは自己主張してくることがあります。
カードをシャッフル中に不意にジャンプして出てきたり、今日はこのカードを使え。という感じでアピールしてくることがあります。
私が勝手にそう感じるだけのことですが、この感じる。ということが何より大事なことなのです。
考えるな、感じろ。
という有名なフレーズがありますが、感じることを大切にして生きると、本来の自分らしい生き方に近づけると私は考えています。
躓いたり悩んで、なんでなの?と考えても分からない時、自分はどう感じているのか、そして潜在意識はどう思うのか。
それをタロットカードたちに聞いてみませんか。
私と一緒にあなたの人生のパズルのピースをひとつずつ解明していきましょう。
投稿日:2026/05/22
皆さまこんにちは。
皇(すめらぎ)なな です。
さて、先日私は徳島県にある剣山に登ってきました。
ツアーに参加させていただき、山頂にあるヒュッテで一泊して登ったのですが、そのお話しをしようと思います。
昔から長距離を歩くのはわりと好きだったのですが、今回は初と言ってもいいかもしれない登山に挑戦してきました。
体力にあまり自信がないので、不安ではあったのですが、ツアーには初級者編。とあったので、たぶん大丈夫でしょう。という感じで行きました。
ところがですね、ツアーに参加されている他の方は皆んな登山経験者で、装備もちゃんとしていて私の考えが浅はかだったことがよく分かりました😅
低山と言えど山⛰️はなめてはいけませんね。
一日目は皆んなのペースについていくのが精一杯で、なんとか山頂のヒュッテには辿り着けたのですが、翌日はガイドさんのすぐ後ろに付いて登った方がいいね。とアドバイスをいただきました😅
山頂で美しい夕陽を見て、夜は満天の星空を見ることができました。そして何より見たかった山頂でのご来光も見ることができて感激しました。
山頂ヒュッテで一泊して翌日は次郎笈(じろうぎゅう)という美しい稜線を行く行程でしたが、私は初っ端スタートしてすぐにコケてしまい、脚を負傷してしまいました。(擦りむいた程度ですが出血🩸してしまいました)
次郎笈はけっこう急な斜面を登るので、体力に自信がない人は別コースにして二班に分けます。ということで、私は別コースにしました。残念ですが皆さんの脚を引っ張ってしまうだろうことが予測できたので無理はしないでおきました。
別コースでショートカットして次のポイントの大劔神社を目指します。
お詣りを無事に終えて、下りに自信がない。という方がおられたので、別班チームはロープウェイ🚡で楽チンに下山しました。
お疲れ様でしたー😃ということで、さぁあとは帰りに温泉に♨️寄って帰りましょう。と皆んなでバス🚌に乗り、九十九折りの山道をバスに揺られている間に私は気分が悪くなってしまい、超グロッキーな状態で隣の席の方にかなり迷惑をかけてしまいました😭本当に申し訳ない、情けない気持ちで温泉に着きましたが私は温泉には入らず、休憩所で寝て休んでいました。
と、まぁ全行程なんの問題もなくスムーズにいったとは言えない登山でしたが、無事に帰ることができました。
道中にツアーの皆さんには大変親切にしていただき、本当に感謝です。
脚を怪我した時も、バス🚌で酔ってしまった時も、本当に皆さん親身になってくださり、涙が出るくらい嬉しかったです。(今思い出しても泣けてきます😭)
本当に人はひとりで生きているんじゃないんだなぁ。としみじみと感じさせられて、今の自分がこうして無事に生きていることって、皆んなに支えられているからこそなんだなぁ。と改めて知ることができた、貴重な体験になりました。
登山⛰️って、あんなツラい思いをしてなんで皆んな登りたがるんだろう?と前から不思議に思っていましたが、なるほどそうか、きっと皆んな人の温かさと、ひとりで出来ることには限界がある。ということを体感したいから登るのかもしれないな。と思いました。
この世の中は地球🌏に住むみんながいるからこそ存在していて、そのひとり一人が影響し合ってお互いを生かし合っている。
それって当たり前のようなことだけど、普段は意識することがなかなか出来ないことですよね。
今回の登山では、そのことを再認識できました。
私も誰かの生きる支えになることで、生かされているんだ。ということを常に意識して、占いという尊い仕事に臨みたいと改めて決意させられた旅になりました。
お世話になった皆様に、この場を借りて感謝致します。ありがとうございました🙏
これに懲りずにまたどこかの山⛰️にチャレンジするかもしれません。
登山経験者の方、装備や初心者向けの山のオススメなどありましたら、ぜひ教えてくださいね。
これからも沢山の霊場を巡り、自らの霊性を高める修行を続けていきます!
ありがとうございました😊
投稿日:2026/05/12
皆さまこんにちは😃
皇(すめらぎ)なな です。
突然ですが皆さんは職務質問って受けたことありますか?
いわゆる職質。ってやつです。
というのも、この記事を書いているつい先ほど私自身が受けたからなんです😅
なぜかというと、今日から私は徳島の剣山へ登山するために駅前で始発電車を待ってたんですね。
駅前のベンチに朝の4時頃から座って待っているところへ、『ちょっといいですか?』と警察官👮の方に声をかけられたんです。
大きめのリュック🎒を持ってベンチに座っている後ろ姿が遠目から見たら未成年に見えたらしいです😓
声をかけるために前に回ってみたら『おばさんやん😧』ってなったんでしょうね。
えーっと。😅一応聞きますけど何されてます?って感じで、バツが悪そうでした😄
警察官に声をかけられると、何もやってないけど何故かドキッとして嫌な感じがするから不思議ですね😅
警察官に限らず、私は普段からわりとよく人から声をかけられます。
道を尋ねられたりなどいろいろですが、他にもたくさん人はいるのに何故私?と不思議ですが、きっと私が人畜無害そうに見えるんでしょうね。
絡まれることも昔はよくありましたが、今はさすがにないですね、もういい歳のおばさんなので😅
タチ悪い系の人に絡まれやすくってヤダなぁ😖という方や、何故かコミュニティ内で自分だけがやり玉になる。という方。
私も昔はそうでしたが、そういう方はもしかしたらスケープゴードになってしまっているのかも知れません。
この世の全ては陰と陽になっていて、その両方がバランスを取り合うようになっているそうです。
人間関係もそうです。だから先に言ったスケープゴードになってしまう人というのは、そのバランス調整役になっているんじゃないかな?と思うんです。
それは自分が意識してそうなっているのではなく、その素養がある人が自然とバランス調整役として陰陽の中で働いているんです。
その仕組みが分かってくると、なんとなくその場の雰囲気を読んで、『なんかこの感じだと私が損な役回りになりそう』ということが読めてくるようになると思うんです。(私もまだ勉強中で不確定ですが)
事件や事故などに巻き込まれるのも、きっとこの陰陽のバランスの力がおおいに関係しているように思います。
何故自分なんだろう?
という疑問に躓いているなら、一度タロットカードリーディングを試してみるのもひとつの方法だと思います。
タロットは真理を教えてくれます。
投稿日:2026/05/11
皆さまこんにちは😃
皇(すめらぎ)なな です。
皆さんは、引き寄せ。ってご存知ですか?
自分の願いや思ったことが現実になる。という意味で私はとらえていますが、私のイメージでは、『こうしたいなぁ。ああだといいなぁ。』と考えたり思ったことが、そのとおりに実現する。という感じです。
つい先日、『あ〜明日の朝食べるパン🍞がもうないなぁ。買いに行かなきゃな〜』
と考えていたら、その日会った方から『パン🍞要らない?』と言われてパン🍞をいただきました。
すごい偶然😃で、片付けてしまうところですが、これがいわゆる『引き寄せ』なんですね。
これを上手く使えるようになると、おもしろいように願いが次々と現実化していきます。が、一見するといいことのように思えますが、思ったことや考えたことが現実になる。ということは、『どうせダメなんでしょ。』や、『また失敗するわ』と考えたことも同じように引き寄せられてしまうので、普段から思考には気をつけなくてはいけない。という落とし穴もあります。
現実は自分の思考の現れ。だと私は考えています。
自分が考えたことはおおよそ実現できることだからこそ考えとして浮かんできている。とも考えられます。
私の経験では、『絶対にアレが欲しい〜!』と力んで思ったことは実現するまでに相当な時間がかかるようですが、軽い気持ちで、欲しいなぁ、行きたいなぁ、と思ったことはすぐに実現されるように思います。
要はその願いを叶えることはかなり大変だな。と自分が考えていたなら、それさえも実現されるので、叶うまでには時間がかかる。ということなんだと思うんです。
引き寄せ。ってそう考えるとものすごくストレートにど直球なキャッチボールみたいな感じなんですね。
この世界にはまだまだ沢山の不思議な法則があって、私たちは知らず知らずのうちにその法則に則って生活しているんです。
おもしろいですね😃
皆さんも引き寄せをやってみてください。簡単なことやすぐに実現できるようなことから始めてみて、叶ったら偶然で終わらせてしまわないことが、引き寄せの法則を上手く使う秘訣だと思います。
やり方がよく分からない、私には無理だわ😞と思うなら、一度私に相談しに来てください。
きっとそこには実現化を邪魔している何かがあるはずですから、私と一緒に考えていきましょう。
ありがとうございました😊
投稿日:2026/05/03
皆さま、こんにちは😃
💖皇(すめらぎ)なな💖です。
突然ですが、人間関係って難しいですよね。
私もよく壁にぶち当たります😅
この人はなんでいつもこうなんだろう?☹️
という人って、どのコミュニティにも1人はいますよね。
この人と関わるといつも嫌な気分になる。😔関わりたくないけど、そうもいかないしなぁ。
という感じで日々悶々としている。なんて方いないですか?
私も以前はよくそうなってました。
なんで行く先行く先で嫌な人ばかりに出会うんだろう?もうイヤだ〜ッ!😫
と思ってました。
挨拶しても返してくれない人や、無視する人、何かにつけて絡んでくる人、いつも不機嫌でムスッとしている人、などなど。
挙げればキリがないくらいいますが、その人のことばかり気にしてモヤモヤしているのってなんか損してる気がしません?
挨拶しない人も不機嫌な人も、その人の都合でそうしているんです。
あなたがそれに対して何かしらのアクションをとろうとどうしようと、その人が変わることはないんです。
人の都合に合わせる必要なんてないんです。
不機嫌な人の機嫌をとろうなんて考えちゃダメです。
『なんか怒ってるけど、私のせい?何かしたかな?ここはひとつ、ご機嫌伺いしてみようかな?』
なんてやってないですか?
それやっちゃうからその人はまた不機嫌な態度をとるんです。
放っておけばいいんです。放置です、放置😗
またやってらー😗くらいの気持ちで、あなたはあなたのことに集中すればいいんです。
かまってほしいからそんな態度をとるんです。かまってちゃんなんです😄
オー、ヨチヨチ。どちたの〜?なんてかまいに行くと、この人は自分をかまってくれる人だ。という認識でインプットされます。するとあなたに対してだけ無視したり、ダメ出ししたり、不機嫌な態度をとることを続けてくるようになるんですね。
優しい人を探してるんですよ、なぜって優しい人は自分を放っておかないだろう。と思っているからです。
この場合の優しい人はあまりいい意味ではないです。
要するに、都合のいい人。という意味での優しい人。なんですよ。
誰かにとっての都合のいい人になんてなってはダメです。
私はあなたにとっての都合がいい人になるために存在しているんじゃありません。
どうぞ他をあたってください。
という感じで普段から自分にプライドを持ってください。
すると不思議なことに、かまってちゃんな人は寄って来なくなる。というか、あなたの前から去って行きます。
最初の初動が肝心です。
ファーストインパクトでその人があなたを試すようなことを仕掛けてきます。
挨拶を無視する。なんてことはこの代表的なお試しです。
その時に、あれ?私なんか感じ悪かったかな?なんて態度を見せると、ハイ。ターゲット🎯ロックオン。となってしまうんですね。
こういう人はものすごく嗅覚が鋭いです。
ターゲット🎯を常に物色していますから、もうプロのハンターなんです。
コミュニティ内に限らず、例えば接客業ならお客様の中にもこのタイプの人はいます。
カスタマーハラスメントをしてくるタイプの人ですが、ちゃんと人は見てやってるんですよね。相手にしてくれない人には強く出ないです。
タチ悪いなぁ😠と思うでしょう?
そう、タチが悪いんです。
だから基本的に放置でいいんです。
そんな人のためにあなたの貴重な時間を使うのはやめましょう😄
もっと有意義なことに限りある時間を使うようにしましょう。
人生の時間には限りがありますからね、何に時間を使うかによって人生の質が変わってきます。
そうは言ってもなかなか上手くいかなくて😞というあなた。
是非私に相談してください。
放置でいい人かどうか、2人で一緒に考えていきましょう😉
ありがとうございました😊
投稿日:2026/04/27
皆さまこんにちは😃
🍀皇(すめらぎ)なな🍀です。
4月は新生活などの生活環境の変化に伴いお金💴の動きも活発になる時期ですが、皆さまはいかがでしょうか?
🔮予算がーッ!!😱
🔮5月のゴールデンウィークに出かける予定があるから、今月はなるべく節約しなきゃ!
などなど、お金💴がもっとあったらいいのになあ🤔と考えている方も多いと思います。
お金💴さん。と私は親しみを込めて呼んでますが、お金💴様〜🙏と、拝み奉るとお金さんは、シラー😒ッと白けるらしいです。
と言うのも、お金って元々人間が作ったものですから、神さまでは無いわけです。
そしてお金は物品をやり取りするためのツールですから、お金そのものは単なる紙と金属なんです。(電子マネーはデジタル上の数字です。)そこに価値を与えて使用しているわけですから、そこにはエネルギーが宿ります。
そのお金のエネルギーは賑やかなところが好きだそうで、皆んなで集まりたがるそうです。
だからお金がお金を呼ぶ。なんて言われますよね。
私はかれこれ5年くらい前からずっと、お金を支払う時に、
『お金💴さんいってらっしゃい。たくさん楽しんでお友達を沢山連れて帰って来てね。待ってるよ〜☺️』
と心の中で唱えてから支払うようにしています。
最近のことなんですが不思議なことがあったんです。
ある時テレビ📺を見ていると、番組で採点付きカラオケ🎤をやってたんです。
音程を外さずに全曲歌えたら百万円が貰える!というやつだったんですが、
実際に歌っている人の前には百万円の束💴が置いてあるんですね。
その百万円が画面に映った時に、渋沢栄一さんの肖像画がニコッと☺️笑ったように見えたんです。
『この人は百万円もらうな。』
となぜかその時思ったら、本当にその方は百万円を見事にゲットしたんです😳
いやいや、また〜😓見間違いでしょ?
と思いますよね。
私も最初は気のせいか?と思ったんです。
でもその後も何度か渋沢栄一さんがニコッとしている、と感じる時があるんです。
いつもではないんです。時々そう感じる時があるんですね。
皆さまもジッとお札💴の肖像画を眺めてみてください。
かすかに微笑んでいるように見えたなら、もしかしたらあなたは今金運の良い波が来ているのかもしれないですよ☺️
また私の経験した不思議体験のお話しを時々載せていけたらと思います。
この世界は不思議なことがいっぱいあるんです。
否定してしまう前に、もしかしたらそんなこともあるかもしれないな。という広い心で世の中を見てみてください。
その方が人生をより楽しく生きられる気がしませんか?☺️
私の金運はどうですか?もっと金運を良くするにはどうすればいい?
などのお金💴のことも私に相談してみてください。
お金💴さんにニコッと☺️してもらうコツをカードが教えてくれますよ。
ありがとうございました😊
投稿日:2026/04/24
皆さまこんにちは😃
皇(すめらぎ)なな です。
先日無事に千里眼さまにてデビューさせていただき、有り難いことに初日から沢山の方にお会いさせていただきました。
これも日頃から支えてくださる方々があってこそです。
自分ひとりで出来ることなんて、大したことなんてないんですよね。
いつだって誰かの助けがあるからはじめて成せるんだと痛感しています。
ありがとうございます。
さて話は変わりますが、
もうすぐゴールデンウィークが来ますが、この辺りの期間といいますか、春は心と身体のバランスを崩しやすいとは昔からよく聞くことです。
私も先日身体がつらくて整体に行ったのですが先生から、
『ガチガチやね。普段から緊張しすぎ。』
と言われました😅
そう言えば最近歯医者さんでも、
『歯を食いしばりすぎ。』
と指摘され、自分では自覚がないのに知らず知らずのうちにガチガチになっていたことを身体が教えてくれました。
心と身体は繋がっていますから、心の不調を意識していなくても、身体になんらかの異変が起きて後から気付くこともよくあります。
身体は心より正直なのかもしれないですね。
普段外で気を張っている方は、長いお休みの間自宅でのんびり過ごして、いざ休みが終わって、さぁ明日からまた日常生活が始まるぞ。という時になって『行きたくない』
と身体が拒否反応を示すこともあります。
お子さんには比較的多くある気がします。
どうにも起きられない。何もやる気がしない。何も食べたくない。寝られない。など、五月病と言われるような状態になることがありますが、誰にでも起こり得ることだと思います。
何も理由がないのにこの状態には決してならないです。
必ず理由があります。
身体に何か問題がある場合もあれば、心に問題がある場合もあります。
その両方ともかも知れません。
ただ、どういう方がこの状態になりやすいか。というと、私の個人的な考えですが、比較的に見て、我慢強く、生真面目で几帳面で、自分にも他人にも厳しい、そして何より優しい人。
がなりやすいんじゃないかな?と思います。
そして周囲の環境の影響がかなり大きいのではないかな、と思います。
どこかで無理をしている。からバランスを崩してしまう。
じゃあ何故無理をしているのか?何が無理なのか?そのあたりを深掘りすると原因が見えてくるように思います。
私の経験上、どうにも耐えられないくらいにツラいことがあったとして、(それを続けるかどうか、という時)最悪それをやらないと生きられないのか?
という問いがひとつの基準になるかと思います。
職場や家庭内、学校などのコミュニティに居ることがツラい。休み明けに行きたくない。
あるいはもうこの場所に居たくない。
という時。
『そこに居ないと生きられないのか?』
という問いを自分にしてみてほしいんです。
生きるために今自分にとって一番必要なことをしてほしいんです。
どんなにツラいことがあっても、生きていたら何とかなるんです。
死ぬことはいずれ必ずきますから、今急いでする必要はないんです。
私もかつてはどん底まで堕ちて、何もかもどうでもいい。という状態になったことがあります。
なんで自分は今こんな状態なんだ?何が原因でこうなってるんだ?
と考えた時、本当の自分がしたいこととは掛け離れたことをしていることが、自分を苦しめ貶めている。と気付きました。
そして無性に腹が立ちました。
『こうまでしないと生きれないのか?いや違う、絶対にもっと楽な生き方があるはずだ。』
そう考えて、生きるために必要じゃないことは、もうやめよう。と思いました。
そう思えたというか気付けたのは、
坂口安吾の『なぜ生きるんだ』
という本を読んだからです。
図書館でたまたま見つけて、タイトルにハッとして思わず手に取ってしまいました。
殴られたような衝撃的な文章の中に、
堕ちるところまで堕ちたら、あとはもう生きるしかない。
という人間に対する深い愛が込められている本だと感じました。
今生きるのがツラい。という方にぜひ読んで欲しい一冊です。
『読んだよ。』
という感想など、ぜひ教えてください。
ツラい時は誰かに話して楽になりましょう。
占いに関係なくてもいいです。私に話しに来てください。
お待ちしてます☺️
投稿日:2026/04/21
皆さまこんにちは😃
皇(すめらぎ)なな です。
いよいよ千里眼デビューの日が明日に迫ってまいりました。
ドキドキ(>_<)
明日は皆さま、どうぞよろしくお願い致します🙇♀️
さて、話は変わりますが、今まさに春の土用の期間ですね。
2026年の春の土用の期間は、
4月17日から5月4日となっています。
その期間は土いじりはダメ🙅よ。ということはよく言われていますが、なぜダメなのかというと、土の神様の土公神(どこうしん)がその期間は土の中でお休みされているので、土をいじると障りがある。というものです。
土公神さまは常はいろいろなところを回っておられるらしいのですが、この期間は土の中におられるようです。
土いじりに限らず、この期間は新しいことも避けるべき。とされていて、新居購入や転職、開業、転居、就職、結納や結婚も避けるほうがよい。と言われています。
そうは言ってもどうしてもその期間にしなくてはいけないこともありますよね。
そんな時は間日というのがあって、その日は土公神さまが土から出ておられるので、その時にやっちゃえー!ということがOK🙆♀️だそうです。
2026年の春の土用の間日は、4月17、25、26、29日です。
私の千里眼デビュー日が19日で春の土用の期間なんですけどね😅
でも大丈夫🙆♀️開業届けを出す日を間日にするか、土用期間を過ぎてからにすればいいんです。(と勝手に思ってます😅)
※土用の詳しい説明が載ってましたのでリンクを貼っておきます。
https://www.santai-jinja.jp/blog/doyo-when/
群馬県にある産泰神社さまのホームページに詳しく載ってました。
産泰神社さま、お借りしました。ありがとうございます🙏
この産泰神社さまの御祭神が木花之佐久夜毘売(このはなのさくやひめ)さまで、ちょうど今、私の中でタイムリーな神様でした。
今気になっている神様が、岩永比売命(いわながひめのみこと)で、この神様はよく木花之佐久夜毘売さまとセットで出てくるんですが、なぜってお二人は姉妹の神様だからなんですね。
今、巷のスピリチュアル界隈ではこの岩永比売命さまが話題になっているんです。
富士山の神様が木花之佐久夜毘売さまとして、絶世の美女の神様で有名なんですが、対して姉である岩永比売命さまは、皇室の祖神である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)さまが、大山祇神(おおやまつみのかみ)から『私の二人の娘をぜひ妃に貰ってください。』と言われて、
『妹姫はキレイだからもらいます。けど姉姫はちょっとみにくいので大丈夫です。』
と言って姉の岩永比売命を義理のお父さんに返しちゃうんです。
これに大山祇神はガッカリしたのか、
『妹姫は繁栄をもたらしますから、あなたに続く子孫は栄えるでしょう。姉姫は永遠の命を授けることが出来るのですが、永遠の命は要らないということですね。あなたはこの地上で限りある命を生きる定めとなるでしょう。』
と言って妹姫の木花之佐久夜毘売を瓊瓊杵尊に嫁がせるですね。
この、『おねえちゃんブサイクだから、』というところが今、どうもそうじゃないぞ、という話が出てきてるんです。
というのは、この『みにくい』
というのは、『醜い』
じゃなくて、『見にくい』
いわゆる、見えにくい。という意味なんじゃないのか、という説が出てきてるんです。
じゃあ、この姉姫の岩永比売命さまはなぜ
見えにくいのか?
それは3次元の地球上では見えないくらい、この岩永比売命さまは高次元のエネルギー体なんじゃないのかな?
というのが、私個人の考えです。
大丈夫ですかね?ついて来れてます?😅
そんな訳で今私が一番気になっている神様と縁がある神社⛩️さまとなんか繋がった気がしてますが、
要は春の土用の期間にはこれはやらない方がいいですよ。ということや、逆にこの期間はこれをやるといいですよ。など、何の根拠もないことが何故そんなに昔から日本では大事にされているのか、ですが。
目には見えないけど確かに存在している。
というものがこの世にはあるんですね。
占い🔮を気にされる方は特に運気だったり、目には見えないけど何かしら影響を与えるチカラがある。ということを意識しておられると思います。
これからの時代はこの、
『目に見えないエネルギー』
というものに注目されてみてはどうでしょうか。
そこに新しい時代を自分らしく生きるためのヒントがある。と私は思っていますし、私にはその目に見えないエネルギー体からのメッセージをカードを通して人に伝える。という役割りがある。と思っています。
今の私に必要な高次元からのメッセージを教えてください!
という方はぜひ一度私のリーディングを試してみてください。
カードたちがあなたのチカラになってくれますよ☺️
ありがとうございました🙏😊
投稿日:2026/04/18
はじめまして、皇(すめらぎ)なな です。
この度めでたく4月19日に千里眼さまにて占い師としてデビューさせていただく運びとなりました。
ありがたいことにご縁をいただけましたことに感謝申し上げます。
皆さまとも沢山のご縁がありますように、お祈りいたします🙏
さて、この春は私のように新しい環境で新しい生活をスタートされる方も多くいらっしゃるかと思いますが、新しいことを始める時にはワクワクした気持ちと不安とが入り混じった気持ちで、なんだか落ち着きませんよね。
その気持ちよく分かります。
私も今、ワクワク、ドキドキ、どうしようーッ😱と不安でいっぱいですから😅
新しい環境で新しい生活をスタートする時には、まず準備が必要ですが、これが大変ですよね。
初めてやることばかりだから分からないことだらけで、もうパニック!
誰か助けて〜😖
と思うのも無理ありません。
でも大丈夫🙆♀️最終的にはどうにかなるし、なんとかなるのです。
どうしよう。どうすればいいの?分からない〜ッ😖
という時は、ひとりで悩まず誰かに相談してみてください。
何が分かってないのかも自分では分からないんです😂という方もいるかも知れません。
そんな時はまずやることリストを作成してみましょう。
最初に、いつまでにこれをする。という期限を設定します。
そして手順を追って順番にひとつずつやることを書き出し、整理していきます。
ひとつ出来たらチェック☑️を入れていくようにすれば、あとは何をすればいいか目で見て確認できるので、それだけでも少し不安が減ってやることに集中することができます。
書き出すことって実はすごく大事なんです。
書くことで、自分の中でもさらに理解が深まりますし、整理することができるからです。
紙に書くのでもいいですし、スマホ📱にメモで箇条書きにするのでもいいです。
ちなみに私はスマホ📱にメモで箇条書きにしています。
要は、手🖐️を使って自分の頭の中にある考えを目👀で確認する。という作業が大事なんですね。
そしてそれを時々見返して、
『そうそう、これは出来たから次はこれをいつまでにすればいいんだ。』
というふうに自分で順序立てることで、不安が減る。という感じです。
どうでしょう。これなら実践しやすいんじゃないでしょうか?
新生活をスタートをされる皆さま、私も頑張りますので、一緒に頑張りましょう!😊
あ、でも頑張りすぎには注意してくださいね。最初から飛ばし過ぎると、肝心な時にパワー不足になっちゃうので、ほどほどで。☺️
そして、どうしても不安が消えない😣という時は、私たち占い師の先生方やカウンセラーさんなど、プロの方を頼るのもひとつの方法ですよ。
大丈夫。ひとりで考えすぎずに人を頼る勇気を持ってくださいね。☺️
私でよければお話しを聞かせてください。
お待ちしております。😊
投稿日:2026/03/28
初めての鑑定ありがとうございました。
気を使って下さり、楽しくお話しできました。
最後にあんなカードが出るとはビックリ!
良かったです。また今度は深く鑑定お願いします。
【女性 49歳】
投稿日時:2026/04/20 16:36
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