好きな人の欠点
フランスのことわざに次のようなものがある
「みにくい愛はない。愛の対象は常に美しい」
他にドイツの詩人ゲーテだと
「愛人の欠点を美点と思わないほどの人間は、愛しているのではない」
まさに恋は盲目といったところでしょうか
日本のことわざには
「あばたもえくぼ」
が、それにあたる
あばた=天然痘(ほうそう)のこと
好きな人の欠点や出物など、何から何まで受け入れられる。第3者には理解できない。
それは恋が一番盛り上がっているときにそれが生じる
付き合いも長く熱も覚め、相手の欠点が気になるようになったとき、それを受け入れられる気持ちが「愛」である
統計によると、出会いの確率は
0.0004%
のようです。
もし、あなたにお相手がいるのでしたら、大事にしてあげてください
投稿日:2025/02/02
2024年ももう間もなくですね。来年はどのような年になるのでしょうか
厚生労働省によりますと、今や日本の出生率は過去最低を更新し続け少子化問題は深刻です
そんな中、今年お生まれになったお子さんたちは今後の日本の光となり、次世代を切り開いて欲しいものです
そして注目するのは、やはりお子さんの名前ですね
2024年赤ちゃん名前ランキング
男の子 女の子
1 碧:あお 凛:りん
2 蓮:れん 陽葵:ひまり
3 凪:なぎ 翠:すい
4 陽翔:はると 芽依:めい
5 湊:みなと 紬:つむぎ
6 朝陽:あさひ 葵:あおい
7 暖:だん 杏:あん
8 蒼空:そら 結菜:ゆいな
9 結翔:ゆいと 澪:みお
10 律:りつ 琴葉:ことは
どれも可愛らしいお名前ですね
ここで、景気の良かった1984年はどんな名前が多いのでしょうか
男の子 女の子
1 大輔:だいすけ 愛:あい
2 健太:けんた 麻衣:まい
3 誠:まこと 恵:めぐみ
4 直樹:なおき 裕子:ゆうこ
5 拓也:たくや 麻美:あさみ
6 祐介:ゆうすけ 美香:みか
7 翔:しょう 智美:ともみ
8 雄太:ゆうた 美穂:みほ
9 和也:かずや 麻衣子:まいこ
10 優:ゆう 友美:ともみ
アラフォー世代には良く聞く名前が多いですね。
昭和世代では男の子は「誠」や「健」、切磋琢磨に因んだ「たくま」など勤勉さや真面目を思わせる名前が、女の子は「美」や「愛」、皇室にあやかり「子」をつける名前が多いようにみえます
平成後期~令和
男の子は「空」「大地」、夜明けを意味する「あさひ」など地球規模で大きく飛躍してほしい願いが込められてそうなイメージ
女の子は
「凛」や「翡翠」など綺麗な鉱石、「葵」「澪」など自然界の美しさを表現している名前がみられます
こうしてみると、命名の傾向からも時代の流れは昭和の真面目さよりも、グローバル化が進んだ近代日本の風潮になりつつあるようにみられます
みなさん、よいお年をお迎えください
投稿日:2024/12/28
何気ない朝のひと場面
今朝、起きたら、顔を洗いましたか?歯を磨きましたか?朝御飯は食べましたか?布団はきれいに戻しましたか?出かける準備は慌ただしくなかったですか?忘れ物はないですか?
なかなか出来ないことがあるかと思います。
日常生活を毎日営んでいながらその事を重視することはあまりないようです。しかし、私たちが立脚しているところは、日々の生活、つまり朝起きたらも顔を洗い、歯を磨き、ご飯をつくり、食べたら食器を洗う、というところなのです。
いわば、当たり前のことを、当たり前にするということが、もっとも大切なことです。
しかし、当たり前のことは、「あまりの近さに見る人もなし」といわれるように、ついおろそかにしがちです。
こうした当たり前のことを忘れて、ほかに何か大切な目的や意味があるのでは、と思って探し回わる。しかし、「道という言葉に迷うことなかれ、朝夕おのがなすわざと知れ」
日常の当たり前のことをキチンとすることで 道が開け、運も開けてくるのです
投稿日:2024/05/04
無事是れ貴人
私たちはよく、「無事を祈ります」とか「無事でよかったね」などと、「無事」を何ごとも起こらない状態をいい、それに感謝を込めています。しかし、この言葉は、外に向かって求める心が無くなった状態を指し、それはもっとも尊いことだ、というものです。
「無手是れ貴小、ただ造作することなかれ、ただ是れ平常なり」 (臨済録 示衆)
この「無事」は、「求心歇む処、財ち無事」というように、外に向かって求める心が無くなった心の状態を指します。そして「貴人」は、この無事の境地にある人のことで、位の高い人や貴族をいうのではありません。自己本来の自己に立った人のことです。
【自分が本来の自分であることが、もっとも尊いことである。だから、あれこれと計らいを決してしてはならない。ただ、あるがまま(平常) がよいのだ
と】
いうことを示しています。
私たちは、つねに外に何かを求めながら生きています。命を保つ食べ物はもとより、衣住、知識、情報、技術、地位、名誉などなど、生活のほとんどは外に求めていることから成り立っているといってもよいでしょう。しかし、ただ一つ外に向かわずに、内に向かうものがあります。それが、私たちの心です。
私たちは自分の心を見つめて、心を自由にして充実させれば、精神的に外に求めるものはなくなってきます。ところが、自分の中にある尊い自己に気づこうとしないために、自分に不安をいだいて、外に救いを求めようとします。
しかし、自分の中にある本来の自己に立ち戻れば、外に求める心はなくなってくるでしょよう。
それを理屈ではなく、実感できる心の状態が「無事」といえるものでしょう
ここで注目したいのが、「事もなく」という表現です。所用もなく、とくに変わったこともなく、という意味ですが、それ以上にこの言業に脱されているものは深いようです。「事もなく」を漢字にすると、「無事」となります。
楽しみは日常の中にあり
投稿日:2024/05/04
歯をみがく、顔を洗う、お風呂に入る、トイレを使う。
そんな何気ない日常の行為一つ一つを、私たちは普段の生活で、大事に丁寧にと心がけることが出来ているでしょうか?
一滴の水にも仏さまが宿ると考え、その水を大切に出来る自分を育むこと。
誰に見られているわけでもないトイレの中でも、慎重に丁寧に「命の営み」としてそれを行うこと。
理想や目標を高く持ち、それに向かって努力していくことも大切ですが、まずは足元の生活を丁寧に見直すこと。
その大切さを禅は示すのです。
行亦禅坐亦禅 語黙動静体安然
(ゆくもまたぜんすわるもまたぜん ごもくどうじょうに たいはあんねんたり)
坐禅をしたり写経をしている時だけが禅ではない。人と話しているときも、黙っているときも、動いているときも、休んでいるときも、日常のすべてが禅であると自覚すれば、心身ともに落ち着いた境地に至る
投稿日:2023/10/15